聞こえよがしに悲嘆をさけぶ
7枚綴り|↓|↑
黒死館殺人事件を読み終えた。9月27日。
2000年発行だったのでまあ恐らく買ったのは2000か2001か。 4、5年睨みあいを続けてやっと折れました。
ガジェットっていうのかしら。 作中で引用されたり交わされたりする 事物や言葉がいちいち気になるので 携帯電話で見る広辞苑とかgoogleが大活躍だった。
詩で交わされる会話が 実は探偵の心理試験のいち形式だったのがおもしろい。 最初はふわーこの会話を理解するには原典にあたるべきか とか思ったけど、なんか表層と言うか言葉自体しか利用してないっぽい。
しかし、詩で会話するって表現すると 作中での会話はちんぷんかんぷんだけど 表現自体が詩的に聞こえておもしろいかも。
中世ヨーロッパでは 東の果てに詩で会話する人々の国があると信じられていた。 みたいな。詩的というか博物学になってしまった。
最も犯人に近いところにいる人間だから疑われないなんて。 探偵が「こんな壮大な事件の犯人が自ら疑われる位置にくるはずがない!」みたいな。
さっき風呂の中で読んだ乱歩の「心理試験」も そういえば犯人の青年は素っ頓狂なくらいとぼけたふりをして 犯人に近い位置にわざわざ自分から近付いて行ってた。
あんまり黒死館の犯人とは関係なかった。
あとそんで中井英夫のとらんぷ譚を読み始めた9月28日。 黒死館読みながらそういえば銀河ヒッチハイクガイドと宇宙の果てのレストランも読んだ。
ヒッチハイクはどたばたしててたーと読めて頭が休まった感じ。 宇宙の果ては、なんか楽しい日常がばたばた続くのかと思ったら なんか寂しい結果になってしまって寂しい。
こういう楽しい状態がずっと続いてほしいっていうのオタク特有なのか。 古橋先生がマリア様が見てるを読んで 「1冊目はまあまあ面白かったけど、毎回同じ事をやっている感じだね」 と言ったのも、ずっと同じようなものが読める方がオタは安心するってことなのかしら。
しかしそのライトノベルで卒論書くっていうのはなんなんだろ。 ライトノベルってなんか範囲が広い気がする。 変遷を追って終わったりしてたらつまんないけど あーあれ、なんか気になってきた。
ヤバいしかし仕事をしてお金もらって ものを買って満ち足りているようでいて その実自分がなにも出してない事に驚く。 あ、アウトプットしなければ。
でもなんか帰って来ると小説とか書くのってめんどくさくなっちゃう。 仕事とかやだなーめんどくさいなー。
なにもしないで寝て起きて楽しい事して たまに小説とかたわむれに書いてみて中断して また寝てだらだらしたりとかしたい。
陰々滅々としてしまう。陰鬱。陰惨。惨憺。暗澹。
暗転。
このあいだ仕事の昼休みに青空文庫の 友達が虎になっちゃう話を読んでたんだけど 名前なんだっけ。
「その声は、我が友、りちょうしではないか?」 とか 「俺の毛皮が濡れているのは、夜露のためばかりではない」 とかあるやつ。
まあいいんだけど あれの「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」だっけ。 あれを中学生くらいのころ読んですごい身につまされた気がする。 気がするだけで活かしたりしないのがまたその心。
「己の珠に非ざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず また、己の球なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。」
とか言って思い出した山月記。
「人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。 己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。」
ていうか俺いっつも同じ事言ってる。成長がないよ。 俺の中の猛獣は不老不死系なのかしら。不変。 不変ってことは成長もしないんだー!つって主人公に否定されてしまう。
もう寝よう。
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