度々旅
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2003年12月31日(水) 一年の総括

 まったく年末気分なく、あれよあれよと12月は過ぎていきました。今年提出のはずだった論文、けれど夏くらいから今年は無理だなと思っていた論文、こんな大きなことをやり残しているのだから、一年の終わりがやってきたなんて実感がないわけです。
 今年は、自分が置かれる環境の特別な変化はなかったものの、嫌なことばかりで、途中投げ出しそうになったけれど、投げ出せるはずもなく、後半はひたすら早く今年が終わってくれればいい、もう何もないで欲しいという気分ですごしておりました。
 1月に祖父が倒れ、2月に食あたりになり、3月にクビがムチ打ち状態になり、4月に肺に影があると脅され、5月にパソコンの調子がおかしくなり、6月7月は鬱状態で、8月に5月に買ったラジカセが壊れ、9月に完全にパソコンが壊れ10月にぎっくり腰・・・・・・。
 本当にひどかった。けれど、どうやらあたしの仲良しさんはそういう人が多かったらしく、裏厄年でもあるんでないかと思った。
 とにもかくにも、なんとか無事に年を越えることができそうで、安心でございます。そして、だいぶサボり気味であったこの日記。お付き合いして下さいましてありがとうございます。
 皆様にとって、来年が素敵な一年になりますように。そして、私はせめて今年よりよい年一年でありますように。

♪一足早めにHPのトップをお正月のご挨拶に更新 更新もこれまた久しぶり。


2003年12月25日(木)

 実家で犬の散歩に土手を歩く。幼き頃、小学校の校庭はとても広く感じたが、今みるとそれ程広くない。そういうものがたくさんある。そういうものの中で、この土手だけは相変わらず広いままだ。大きいままだ。あたしの原風景はこれだと毎回思う。
 祖父は、もう私のことを認識することができない。現在の施設は、ほったらかしにしておく場所なので、父母が毎日通って車椅子を使って体を動かせている。その甲斐あって、車椅子に腰掛けながら、足で車椅子を漕ぐように前進するようになった。やっぱり、声をかけ、甘えさせず、動くようにさせるのはよいのだなと。食欲は旺盛。もりもり食べている。動いている姿や、食べている様子はぜんまい仕掛けの人形のように見えなくもない。
 クリスマスプレゼントにあげた靴下を、食べものと間違えて口にしようとしていた。それさえ、もうかわいく見える。3度くらい、「じいちゃん、クリスマスプレゼントだよ」と渡しては、袋を開けさせた。毎度反応が異なり、時々やけにクリアになり、少しの笑顔を見れた。
 施設にいる年寄りは、預けたまま、まったく家族が来ない人もいる。父母は、そんな年寄りみんなに声をかけて、「〜さん元気?」なんて話しかけている。祖母も見てきたので、父も母も呆け老人との付き合いは慣れたものだ。壊れた人間を、人間としての優しさをもって接することができる父と母をみて、自分もああなりたいものだなと思った。
 祖父の爪の色はとても綺麗な色をしていた。


2003年12月23日(火)

 久しぶりに浅草へ。行く途中に、電車で見栄春発見。サングラスをかけていて誰も気付いていないが、紛れもなく見栄春だった。
 浅草で、今まで見たどの店よりもタイっぽいタイ料理店を発見。店頭に並んでいた豚の皮のお菓子を買う。揚げたてではないので、期待していた程の美味ではなく、ちょっとがっっかり。浅草寺は、結構な人手。仲見世でおもちゃ屋を覗いていたら、知らないおばさんに「私たちの頃はこんなかわいい絵はなかったわぁ〜」などといつもの通り話しかけられる。相変わらず、人に話しかけられやすい。おばさんは何を言っているのかわからなかったけれど、とにかく何かを「お母さんに聞いてみてごらん」と言っていた。友人曰く、あたしがにやついているから声を掛けられやすいとのことなのだが、果たしてそうなのだろうか。。。
 で、もう年末だというのにおみくじを引いたらですよ。「今までの悪いことは全部流れてすっきりする」みたいなことが書いてあるじゃないですか。本当に今年の悪運は消えていったんだな。これで。きっと。異様に嬉しいお言葉でした。その後、川沿いの通称「うんこビル」を眺め、時間になったので予約していたロシア料理店へ。父と母と何度か行っていたが、親なしでは初めて。少しばかり緊張。横に座っていたカップルの話を盗み聞きしながら食事。おいしゅう戴きました。
 その後は、上野でございます。ほんと、浅草上野は、庭みたいなものなのだったのだけれど、長いこと行ってなかっただけに、やけに楽しい。アジア旅行気分のわくわく感がある。博物館なんて、もう10年以上来ていなかったな。それにしてもだ。一応、クリスマスお出かけのはずなのに、どこにもクリスマスはない。かろうじて、おじいちゃんへのプレゼントを買うべく入った店がクリスマスだったくらいだった。
 そういえば、一つショックが。上野にあるポルノ映画館。忍ばすの傍にあるのだけれど、新しくなっていた。入り口が二つに分かれていて、右が普通の映画、左がポルノ映画への入り口だ。なんだか、ラボホテルの入り口みたく、中が見えないかんじのつくりになっている。昔はその映画館のある細道に、子供は見てはいけないような文字やら写真のポスターがたくさん貼ってあり、なんだここはぁぁぁと思っていたが、それらのポスターはなくなっていた。なんか、寂しい。あの道を、親と通るときの気まずさがなんだか懐かしい。


2003年12月21日(日)

 人を待っている間、ベンチに座っていたらおばあちゃんがやって来た。横に座って、「年とると涙がでるねー」って言いながら、ハンカチで眼を押さえていた。少しだけ言葉を交わしたのだけれど、この年とると涙ってのは、すごく聞いたことがある言葉だ。うちのおばあちゃんか?とも思ったのだけれど、なんだか違う気がする。おじいちゃんか?と思ったけれど、確かにおじいちゃんはいきなり涙を流すことが多々あったが、「わかんねーなー」と言いながらだった気がする。となると、この言葉は誰に言われたのか?テレビなど見ていて聞いたこともあるのだろうけれど、直接言われた経験があったはずだ。
 忘れているだけで、本当はおじいちゃんに言われた言葉なのかもしれないけれど、そうなると、あたしはおじいちゃんに何という言葉を投げかけたのか。出合ったおばあちゃんには、笑うことと小声で「元気出して」しか言えなかったわけだが、他に言葉があったのだろうか。
 
 さて、おじいちゃんへのクリスマスプレゼント、何にしよう。もう私のこともわからないから、何かをあげても昔みたく喜ぶことはないだろう。ちょっと寂しいけれどしょうがない。


2003年12月15日(月) 嫌だ

 どうしてこう嫌と言えない性格なのでしょうか。相手が困っているのを見ると、嫌って言えない。。。そして引き受けて大後悔。いつまでも直らない。
 けれど、最近は少し学んで嫌と言うようになった。でも、断る理由に、「嫌だ」というのは私の場合通じない。これって、人によるな。「嫌だ」と私が言っても、だいたい受け付けてくれない。なのに、人によっては、「嫌」の一言で受け付けられたり。むうう。性格が読まれているからか?昔のバイトで、人が足りないと、嫌だというのに出るはめになった。なのに、他の人は理由など述べずに「嫌」の一言で逃げていた。おかしいよぉおおお。
 


2003年12月14日(日)

 最近、夢で泣いて目覚めることが多い。とんでもなくリアルな夢が多い。10代の頃の夢なのだけれど、本当にあったことではないのだけれど、きっとあの時感じていたいろんなことが、違う形で現われてきているってかんじなのだと思う。
 大学に入って、大人の人間関係ってラクちんだなぁと思っていたのだけれど、院に入ったら、水面は静かなのに、水面下はドロドロだった。まぁ、最近、気づき始めたのだけれど。やっぱり、中途半端な深入りはしない方が良いなと痛感。サークルみたく、もう家族同然の付き合いならばまだしも、時々呑むくらいが、一番曖昧な関係になりやすく、中途半端にいろいろ知ったり、言ったりしてしまうから、なんだか気持ち悪い状態になりやすい。たぶん、こういう面倒な人間関係を目の当たりにして、あの頃が蘇ってきているのかもしれない。適当にしておけよみたいな、警告かしらんと。

 話は変わって、フセインが捕まった。最初、本物か?と思っていたけれど、どうやら本物らしい。拘束後、映像で映し出された何かの検査の様子を見て、口を開くフセインの表情が印象的だった。とにもかくにも、捕まってよかった。ついでに、自衛隊派遣の小泉氏の決断が、フセインを捕まる前でよかったと思った。
 いつの日か、かの国の首領様が、フセインと同じ表情を見せる日が来るのだろうか。


2003年12月10日(水)

私のところにサンタクロースが来てくれるならば、どうしても欲しいものが二つある。ああ、欲しい。一つは、ベルテルスマン世界地図帳だ。なんなんだろう、あの地図帳を開いている時のわくわく感は。電車の路線図なども好きなのだけれど、地図や路線図などを見ていると、脳内旅が始まって、興奮してきてしまう。どのルートを通って、どこで宿をとってなどと想像してしまったり、ここで何を食べようだとか、とにもかくにも想像してしまう。高校の時の地図帳は、本当に宝物で、地理の時間に習ったことを、すべて書き込んでいたようなものだから、一目で気候やら民族やら産業やらわかるようになっている。油性マジックで書いた細かい字が、もう私の心をうきうきにさせてくれる。未だに、どこか行きたくなると、その地図帳を開いている。で、そんな無類の地図帳好きの私は、先日このベルテルスマン世界地図帳という、でっかい地図と出会ってしまった。いや、以前から出会ってはいたのだけれど、この間初めてじっくり時間をかけて眺めてしまったのだ。もうたまらない。いや、本当にほしい。四畳半の汚い部屋に住んで、この地図を開いて一生脳内旅をしていたいくらいのことを思った。
 で、もう一つのどうしても今欲しいものが、佛教語大辞典だ。ああ、たまらなく欲しい。中村元著『広説佛教語大辞典』全四巻、お値段68000円ってものがあるのだけれど、さすがにこれは、ちょっと手がでない。けれど、同じく中村元著で、『佛教語大辞典』18000円ってのがある。たまらなく欲しい。4万5千語だ。微妙なお値段だ。決して手に入らなくはないけれど、あたしの今のこの熱がどこまでもつかが問題ってかんじのお値段だ。ううう。で、こちらは古書などをいろいろ調べたのだけれど、やっぱり出るとすぐに売れてしまうようで。あぁ〜。
 とりあえず、サンタクロースにお願いするのに、二つを願うのは欲張りなので、佛教語大辞典をお願いすることにした。けれど、大人のあたしには、どうやらサンタはきてくれなそうだ。そんなかんじで、一人うんうんうなっていたら、心強い私の社会人友人もこの辞典が欲しいようで、もしかすると、もしかしてしまうかもしでないわけで、そんな時は、その辞典は私の部屋に置かせてあげてしまおうと一人たくらんでいるのでありました。


2003年12月08日(月) 赤口

 仏滅や先勝といった六曜がありますが、調べものをしていたついでに、初めて「赤口」の読み方を知りました。ずっと、「あかくち」とか「あかぐち」とか心の中で読んでおり、本当は違うんだろうなと思いつつ、誰にも聞かずにおりました。で、その読み方ですが「しゃっこう」だそうです。って、知らないのはあたしだけかもしれませんね。。。
 で、その赤口ですが、もちろんパソコンで一発変換できるわけですが、カレンダーなどでずっと身近に見てきたにも関わらず、調べようともしなかった私にとって、余程「しゃっこう」という呼び方を知ったことが嬉しかったのでしょうか、夢にまで「赤口」が出てきました。なんだか、以前読んだ日本書紀のある一場面と結びつけて勝手に解釈して、夢の中で論文が書けるぞ!なんて喜んでいるのです。それは、海幸、山幸のお話で有名な部分なのですが、彦火火出見尊が、兄の釣り針をなくしてしまい、それを聞いた海神がその針が鯛の口にささっているのを見つけて返すというような場面があります。その鯛が「赤目」などといった表現がされています。その場面を読んだのは、もうだいぶ前で、その上、その赤目とやらの言葉をまったく覚えていなかったのにも関わらず、どうやら夢の中で、赤目の口に針がささると「赤口」というのが結び付けられて、勝手に解釈やら話をつくっていたようです。
 いや、何が自分の中で印象として残っているかわからないものだと、しじみじ思ったのです。まして、専門分野でもないことを、なんでこんなに夢で興奮して解釈しているのかも、不思議です。どうせならば、自分の論文に直結した何かのヒントを夢が与えてくれるとありがたいのになぁ。。。


2003年12月07日(日)

 部屋の床にワックスをかけた。ワックスがけなんて小学生以来だと思う。ワックスってすばらしい。床がぴかぴかになった。どうやら、あたしは掃除は嫌いだが、大掃除は好きらしい。ついでにお風呂もゴシゴシ磨いた。けれど、ゴムパッキンのカビはとれず。これとはもう何年も格闘している。ユニットバスなのだけれど、そのトイレのタンクに隠れるかべのところのゴムパッキンのカビが、どんどん根を生やしているように思える。カビキラーも届かんし、どうしたらよいんだろう。というか、もう根っこが生えていると思うので、カビキラーもきかないと思う。あああ。困るなぁ。
 布団も干したのだけれど、どうやらあたしの住んでいる3階の住人はみな布団を干すのが好きらしく、最近場所の取り合いになってきている。

 とまぁ、大掃除モードに入りつつも、ちっとも寒くないので年末気分も、クリスマス気分もない。買い物に行って、クリスマスのイルミネーションを見て、なんだか胡散臭いとぼやいている。


2003年12月06日(土)

 ここ数年赤ワインが飲めませんでした。数年前に、友人に連れられて行ったバーとやらで一杯の赤ワインを飲みました。その帰り電車の中でとんでもなく気持ち悪くなって、立っているのがやっと。人が少ない駅で降りて、駅のトイレに行っても吐けず、座っているのもしんどくて、冬空の下ベンチで一人横になってました。気持ち悪いけれど、終電がきてしまうということから、必死にその後電車に乗り、帰ってきたその日から赤ワインは飲めなくなったのであります。というか、赤ワイン酸っぱくてゲロの味としか思えなくなったのです。
 けれど、どういうわけやら、最近赤ワインを飲む機会が多く、周りはグラスをゆらゆら揺らして、なかなか美味しいねえなどと味と香りを楽しんでいる様子を横目で見て、違う酒を一人飲んでいるのが、さびしくなっておりました。というか、そんなに美味しいのか!あたしも、その良い香りとやらを知りたいよと思っていたのでした。
 そこで、友人を誘い、2本ほど買い込み数年ぶりに飲んでみたのであります。すると、ちっとも平気ではありませんか。あんりまぁ。体質ってのは変わるものなのねと。ということで、先日ボジョレが解禁されましたが、あたしの赤ワイン禁酒も解禁されたようであります。ちなみに、その時飲んだボジョレには2002と書いてあったのですがね。


2003年12月02日(火)

 鬼太郎茶屋に行ってしまった。友人が、妖怪喫茶店ができたんだけれど。。。という情報を持ってきた。なんだ、それはぁ???素敵すぎる。そして、その友人企画の妖怪喫茶店ツアーに参加したのだ。男女4名20代後半のいい大人が、はしゃぎまくりだ。フィギアを見て、どれを買おうか真剣に悩む。あかなめあるよ!手長足長はやっぱり怖いなぁと大興奮。
 土産物屋と、ちょっとした展示部屋と、お茶屋さんから出来ている建物で、小さいのだけれど、もうディズニーランド並みのわくわく感だ。妖怪好きにはたまらない空間。ああいう家に住みたい。水木先生ありがとうございます、こんな素敵な場所をと全員で感謝した。
 


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