元・白血病患者の日記
 

2004年06月30日(水) 骨髄検査とN橋先生の夏休み


 台風の影響で雨。相変わらず、外来の時は雨になることが多い。先生か患者、どちらかが雨男なのだろう。本日は骨髄検査なので、憂鬱さは倍増である。あぁ、気が重い。

 予約は2時というが、雨なので歩きだから早めに出る。いつものことだが、時間前に来ていないとうるさいから、時間に余裕を持たせる。歩いていると遠くに晴れ間が見えてくる。もう少しだけ時間を遅らせたら、傘いらなかったかも知れない。まぁ、早く行くに越したことはないだろう。

 ってことで1時半に到着。それ以降、3時まで音沙汰なし! 同じN橋Drなのに、なぜか自分よりも後に来たおじさんが診察室に呼ばれる始末。どういうことだ?

 ただでさえイライラする状況なのに、今日は骨髄検査なのである。こんな状態のまま、なぜに理不尽に待ち続けなければいけないのか。と、こんな若造(でもないけど)が我慢しているというのに根性のないジジイがいて、体を揺らせながら看護婦に悪態をついていた。「チッ、何を無駄話をしてんだか」って、あんた俺よりズット後に来てんだから、もう少し待ちなさい。

 ふと窓から外を見れば晴れている。手元の傘がすごく邪魔に思えた。

 3時になるころやっと看護婦さんに呼ばれ、診察室に通される。「じゃあ、先生が来たらすぐに開始になりますから、上半身は裸になっていて下さい」

 いつものことだが、Tシャツくらい着ててもすぐに脱げると思うのだが、(上半身)裸のままベットに横になって待つ。

裸になって15分が過ぎる。いい加減、先生が来るだろうと思っているとアナウンスを入れて次の患者を呼んでいる。今、隣にいるのは先ほどのイライラし続けていたジイさんである。…結局、俺は一番最後なのか? 隣の部屋で無駄な世間話をしてる年寄りを恨めしく思う。「チッ、何を無駄話をしてんだか」という気分である。

 やっとN橋Drが来る。すぐに始まるのかと思ったら「えっと、用意を置くスペースがないな」とか言いながら机を片付けはじめた。…人を裸にしといてこれだ。やはりTシャツくらい着せといてくれたらよかったのにぃ。

 何かこれまでにないハイ・テンションの先生(理由は後でわかる)。麻酔をサクサクとされ、針を刺されるのだが、今回もやり直しをされる。「なんか刺さり具合が悪いので器具を取替えます。やり直しです」前回も同じような台詞だったような…。まぁ、こうも正直に言われる何もいえないものである。

 採取も無事に?終わり、傷口を押さえている先生は次回予約の話をした。骨髄の結果が出るまで一ヶ月くらいなので、それ以降で都合の悪い日があったら、というから別にないので8月の…と言ったら、「その週はボクが予定あるんだよ。な・つ・や・す・み」と。妙にウキウキしてるのは、そのためか。それに合わせて今日は仕事をやっつけてたんだね。

 胸に重りをのせ、30分待ってる間に「せっかくだから、次回のために採血と尿検査しとこう」と言われる。待ち時間、散々あったんだから、その間に指示出してくれたらよかったんだけどね。

 時間になって身支度を整えてると、看護婦さんに(会計用の)カルテをもらう。ん? 尿検査は。たずねてみたら、指示は出てないという。まぁ、いいんだけど。薬を院内処方でもらう。アラ? 今まで見たことない薬が入ってる。何か勘違いしてんのかな。まぁ、いいんだけどN橋Drの気持ちはすでにどこかに飛んでいたのは間違いない。



2004年06月29日(火) 所詮は他人事の就職支援事業

 すっかりアパート前が片付く。これまで道路からアパートを隠していたのに丸見えになる。きっと音も筒抜けになるのだろう。密集が続く東京で、見晴らしがよくなることで迷惑をこうむることもあるのだなぁ。

 例の(音沙汰のない)就職支援事業本部のある新橋へ。先週、出向いた時に月曜日にデータの入れ替えをするというので、情報の閲覧に行ってみたのだが、大げさなことを言ってた割に少な過ぎるのでは?

 「わが社独自の求職情報網がある」とか散々、えらそうなことを言っていたが、テーブルの上には見覚えのある新聞広告があり、印が付いていたりする。どうやら情報源は、我々と変わらないようであった…。そんな視線に気がついたのか、職員が慌ててチラシを片付けていた。ショボイ情報網だな。想像した通り? かすりもしなかった。

 久しぶりにリハビリプールへ。今月は2日以来ということであった。相変わらず、化粧したオバちゃんへの注意はひとつもない。途中、何組か見学者がいたのだが、そこにマネージャーの姿もあった。…商売熱心なのはいいが、あんた他にすることあるでしょ? もうチビットでいいからマナーの向上にも力を入れてほしいものである。あの約束は、やはりその場しのぎだったのか。また…裏切られた。



2004年06月28日(月) 基本的に薬は毒でした

 ここ数日、夜に薬を飲まないようにしている。すると朝の起床は比較的、楽だった。あくまでも比較的ではあるが、それなりに体を起こすことが出来るのだから。
しかし、朝食後に薬を飲むと午前中は死人のようになる。こうした効き目が夜にキチンと出れば安眠へと繋がるんだけど…。薬が(自分と)合わないのか? 効かないくせに体に残るから始末が悪い。(後日、ドクマチールを検索すると、人によって「効果があります」という意見と「…悪魔のような薬」というのああった。合う合わないがあるみたいで…)

 子供がスイミングの振替(風邪で休んだ分)というので部屋にいる。天気も怪しいので丁度よかった。目の前の工事の解体作業も大詰めということで、大型の重機が投入されている様子。(鉄骨の搬入時に)振動で地震かと思うくらいのことが多々あった。木造ボロアパートの揺れは、半端ではないのだ。

 時間になって子供を連れてスイミングへ。待合所には人影はなく、今現在の状況を見るとほとんどのコースで先生とのマンツーマン体制になっている。てっきりうちの子供も一人での授業かと思ったのだが、開始時間間際にワラワラと子供が増えて盛況となる。

 帰りは子供の自転車が駐輪場に好き勝手に置かれ、なかなか外に出られなかった。まるでスーパーのオバちゃん状態。悪い遺伝子というのは受け継がれるものである。通路や道路に駐車する(放置する?)常識のない自転車を整理するはめに。そうでもしないと出られないから仕方がないが、さすがにムカついたので駐輪場の奥に移動してやった。奥ならスペースあるのに、どうしてこういう止め方ができるんだろうか。出てきた親の顔をチラリと見たが、妙に納得してしまうところがなんとも…。



2004年06月27日(日) 平成の小学校は、フ○チン禁止らしい

 曇り。

 嫁さんが出かけるので子供と過ごすことになる。一緒に行くのかと思ったのだが、色々と用事があるというので一人で出かけた。川崎―蒲田を股にかけてかけて買い物があるんだとか。ご苦労さまである。

 いつ降り出すかわからない天気なので、あまり遠出は出来ない。それ以前に、布団から起き上がれない状態なので、子供には部屋の中でゴロゴロしててもらう。せっかくの日曜なのにすまないねぇ。

 とはいえ、さすがに昼には出かけないとハラペコの子供に申し訳ないので、徒歩でマルエツまで。こんな天気に加え、安売り日が重なり混雑していた。親は子供をほったらかしで買い物に必死なので、スーパー内が悪ガキの無法地帯になっていた。誰も注意しないので悪さする子供に注意をしたら、恐縮するどころか信じられないくらいに冷たい笑いを返された。気色悪い。どんな家庭でお育ちの坊ちゃんなんだか。

 夕方遅く、嫁さんの買い物終了。学校で必要な品を中心に買い揃えてきたという。そんな中にプール用のタオルというのがあった。ボタンがついていて、首の所で止めるとテルテル坊主みたいな格好で全身を包むやつ。いいじゃんか、ふつうのバスタオルで、と思ったのだが学校が指定しているそうである。(学校からのプリントには図まで入っていた)ううむ、同世代でそんなに体を隠す必要はあるのだろうか。別に毛の生える時期でもない小学一年生にしてこの対応。教室内にタオルを巻いてモコモコした子供がいる姿というのは、なかなか面白いのかも知れないが。

 比較的、涼しい夜だというのに子供は寝汗をかいていた。



2004年06月26日(土) バレーは優勝、サッカーは5位

 本日は小学校PTAの主催によるソフトバレー大会の日。嫁さんは一年のチームに入っているので、朝から早々に出かける。応援組となった子供と自分は、まだ出かけるには時間があるのでゴロゴロとしていた。

 遅刻などしたことないのだが、いつものようにヘタばって眠り込んでしまい、目が覚めたら9時を過ぎていた。試合に遅刻したら何を言われるかわからないので、慌てて飛び出す。

 ラッキーなことに試合の順番が変更になっていたので、嫁さんの試合には間に合った。…危ない、危ない。

 トーナメント一回戦を勝ち抜いてしまった嫁さんは、そのまま次の試合に居残ることになった。自分と子供は、昼に実家に顔を出さなければいけないので、途中で部屋に戻る。先週の父の日も、いつものごとく午前中はゴロゴロとヘタばっていたて、嫁さんと子供だけで実家に顔を出していた。その時、「来週は、お父さんの退院記念だから来るんだよ」と言われていたそうである。…そうか、もう全身麻痺から復活して一年になるのか。こういうことに疎いと思っていたバアさん、しっかり覚えてるじゃないの。(嫁さんはPTAの用事があるので土曜日は…と告げたそうで、ジイさんは「日曜でもいいよ」と抜かしたそうだが、バアさんはそれを許さなかった)とにかく、実家に行かないと後で何を言われるかわからない。

 あまり行きたくはなかったが、昼はデニーズということに。高いだけで量も少ないし、あまり気分のよくなる店ではないのだが、なぜか実家の年寄り二人はよく足を運ぶ。…孫が喜べばなんでもいいんだね。子供は、からあげラーメンとチョコレートサンデーを食べられてニコニコだった。誰の祝いだ?

 実家に戻り、しばらくするとヘタばってしまい、隣の部屋で横にさせてもらう。本人は気を使ったんだか、孫と隔離したかったのか知らないが、暑いというのにバアさんにドアを閉められた。いくら孫を独占できるチャンスとはいえ、そこまでしないでも。

 1stステージの最終戦があるので、試合でヘトヘトだった嫁さんであるが子供をスイミングに連れて行ってくれた。昼寝をして復活したんだとか。ちなみにトーナメントは、なんと優勝したとか。学校新聞に掲載されるということだったが、もちろん、肝心の子供はからあげラーメンを食べていたので写っていない。

 せっかく嫁さんが気を使ってくれた試合ではあるが、鹿島アントラーズ、敗れる。またも(またまたまたしても?)審判に敗れる。ボールに先にタッチしてるのに(キーパーチャージとなった)本山の退場はおかしいって。平瀬も珍しくPKもらったのに無視されてるし…。結果は覆らないが、同じことが多い。いくらクラブ側から正式に抗議をしてもJの審判のレベルは低くなっているばかりだ。こんなことでは1リーグになりつつあるプロ野球と同じで、いつになっても人気回復は難しいだろう。(いっそ日本だけのローカル・ルールで審判の数を増やしては? いや、それくらいしないとJリーグのレベルは向上しないって)

 「今日は審判に助けられた試合だった」(ある横浜の選手の談話だとか)



2004年06月25日(金) サクランボという宝石

 雨というばかりではなく、なんか必要以上に湿気が多い。

 荷物が連続して届く。ひとつは「あおママ」から綺麗なルビーが。ありがたや、ありがたや。恐縮するばかりである。

 もう一つは嫁さん宛てに。(嫁さんしか中身は知らないが)配達したのが佐川なもんで、予想通りに荷物は割れていた。これで何度目なのだろうか。佐川の配達は荒っぽいと聞くが、ここまで失敗を続けられると、何か恨みでもあるんじゃないかと思ってしまう。

 夕方、部屋に戻ってみると玄関に傘がない。お使いにでも行ったかと思ったが、なんでも会社の慰労会があり、子供も招待されたのだとか。大人ばかりの宴会に混じってどうなるかと思ったが、なんか特別な扱いを受けてたらふく中華料理を食してきたという。(社長から「お土産」ということで、八宝菜やらチャーハンやらをご馳走になるが、これらは本当は子供への土産だったという。…ご馳走になりました。役得だね)



2004年06月24日(木) あこぎな商売する連中?に鉄槌

 三日連続の夏日になる。とにかく暑い。

 昨日、ハリーポッターの試写会に行った時、席にはタイアップ企業の商品カタログが大量に配布されていた。別にどうでもいいんだけど、持って帰ってみれば嫁さんとなんとなく眺める。

 ちなみに子供に魔法の杖が欲しい! と言われたので、どんなものかと見てみれば、一本2700円だった。これが高いのか安いのか微妙なところだったが、試しにネット・オークションを見て驚いた。モデルこそ違うが(カタログのは新作だとか。…ロンは前作で杖が折れたので仕方ないが、ハリーとハーマイオニーは何故に新しい杖なのだろう)、同じような商品の希望価格が1万円となっていた。

 昨年、限定品として手に入れた人が、今年の映画公開に合わせて販売してるみたいだが、元値を知ってしまうとなんだかなぁ…という感じである。コメントには「新作映画も公開間近。これを機会に価値のある限定品の杖を譲ります」などと恩着せがましいことが書いてあるが、かなり吹っかけてきてるのは確かである。知らない人は活目して見よ、ハリポタの杖バブルは崩壊しているのだ。



2004年06月23日(水) 武道館でハリーポッター!

 小学一年生で当選したハリーの試写会。別になんのことはないのだが、子供の「初」夜遊びということで嫁さんが心配をしている。開始が19時で、映画の上映時間が2時間20分…。場所が日本武道館ということを考えれば、帰って歯磨き、風呂など終わらせると23時を過ぎるかも。深夜2時に3歳児が茶髪の親とコンビニにいる時代である、今日は特別ね、特別。

 夕方には九段下に到着。早めに引換券をもらう(まだ3時間くらいあるのにマスコミを意識したコスプレイヤーは、この暑い中、もう武道館周辺にたむろしていた)。食事をするべく神保町あたりをウロウロする。せっかくの外出なので何が食べたいと聞けば「ラーメン」というので、尾道ラーメンへ。実は親子でアントラーズのユニフォーム型Tシャツを着ているのだが、店員さんが「今日、試合ありましたっけ?」と聞いてきた。いやいや、好きなんでいつも着てるんですよと言うと、「僕もファンです」と店員。以心伝心のように「セカンド(ステージは)間違いないですよね」となった。フトしたことでアントラーズファンに出会えて、なんか嬉しかった。

 食欲旺盛な子供は、丼のラーメンを完食してしまう。たくさん入ったので出したくなった子供をトイレにも連れて行ったし、準備はOKである。いざ武道館へ。

 さすが時間近くだけあって、地下鉄駅周辺には待ち合わせの人で溢れていた。そして再び武道館。なんかプロレス好きとしては、意味なく興奮するものである。

 引換券の席に到着してみれば、信じられないような場所だった。『コ』の字になった端であるが、まだ俺らより横にはスクリーンに対して真横みたいな人もいるので、これでよしとしなければ。しかし、俺らの時間でこの席ということは、いい場所にいる人は何時に引き換えたんだ? とはいえ、一階席はスチール椅子なので高低差がなく、前に大人が座ると子供が見えなくなるだろうから、ここで良かったのかも。角度での試写。上映時間が近づくと、いかにもって感じのスーツ姿の連中(もちろん親父)がゾロゾロと来る。首からはスタッフと書かれたプレートを下げている。もっと楽しそうな顔しろよ。…たぶん、ハリーポッターの原作どころか、映画を見てるかどうかも怪しい人たちであるが。(上映されてる最中、何度も携帯で電話をしていた。忙しいのわかったから、どこかに行け!)

 上映された映画は…字幕だった。小学一年生で当選した試写会なんだから、てっきり吹き替えと思っていた。(原作は読んでいるが)内容を忘れている子供は何度も「今、どうしたの」と聞くが、周りに迷惑なので声を出させないようにする。膝に乗せ、耳元で説明するのだが、どうももどかしいらしく自分の席に戻る。セリフがわからず、途中まで退屈していた子供だが、腹を据えて画像に見入る。画像を見てるうちに、小説の内容を思い出してきたのか? また近いうちに読んでやるから。

 上映終了。人ごみの中、声をかけられる。「テレビ東京のおはスタなのですが、子供さんにインタビューしてもよろしいですか」というので、いいですよというと、カメラの前まで連れて行かれた。なかなかシッカリとインタビューをしていたので、テレビで使われるだろうか。明日からおはスタをチェックしなければならない。

 てっきり退屈してたかと思ったが、子供はハイテンションだった。武道館から神保町まで歩き、電車に乗る。都会の人は席を譲る気はないらしいが、どうにか子供の席は確保して「寝てもいい」と言うのだが、しばらくは興奮してた様子。しかし、京浜急行線に乗り換えると、なんとなくウトウトしていた。さすが8時に寝る子である。

 部屋に到着する少し前で起きて、「自分で歩く」と言い出す。部屋ではしばらく嫁さんに映画の話をしていたが、歯を磨き、風呂に入るころには眠そうな顔になっていた。本日はきっと、ハリーポッターの夢を見ていることであろう。



2004年06月22日(火) ♪たかが土建業、されど土建業、邪魔な土建業


台風一過。しかし相変わらず風は強い。

午後になって職安へ。何が面白くないのかプリントした紙を床下に撒き散らす阿呆がいた。なんで横の席の年配者は注意をしないのだろうか。イライラしているのは皆同じなのであるのに。見れば泥だらけのニッカボッカ姿。駐輪場にあったイカレた改造スクーターの持ち主であろうか? なんか俺以上に職種の幅が狭そうな人を久しぶりに見たような気がする。彼も大変なんだ許してやろう、などという気持ちには、勿論なれないので席を立つ。



2004年06月21日(月) 対平成不況用の履歴書

 またも新橋へ。3分間写真ではなく、写真屋で撮影した履歴書用の写真を貼ったものを提出に。さすがに、文句は出なかった。書類的には、人事課を通るものになった(らしい)。

 これからの職探しについて、この民間の委託会社が何をするのか何となくシステムを知らされる。さて、どうなることやら。

 台風の影響で昼過ぎから雨。とにかく、ここしばらく蒸し暑い。
うちの小学一年生でも「台風が来るんだね」と、散々ニュースで台風のことを言っているのに、海で遭難してる連中が何人もいる。不思議だ。



2004年06月20日(日) ある時は完全な徹夜、ある時は寝すぎ。

 台風が接近しているので蒸し暑い。

 朝からグダグダと昼まで寝続ける。なんか毎週、同じようなことを書いてる気がするが、実際、同じことを繰り返している。なんでしょう、この抜けきらないダルさは。

 実際、(朝、昼、晩の)飯を食うのとトイレ以外は横になっていた。



2004年06月19日(土) こんな写真は欲しくない

 子供の調子はいいのだが、熱が下がらないのでプールは休みということに。なんかここ最近、週末になると体調を崩している。

 出来上がった写真を取りに行く。昨日、受渡し証も渡されず「名乗れば大丈夫だから」ということだったが、自分の苗字は日本でトップ5に入る多いもの。大丈夫かと思ったのだが、渡された写真は、知らないオバちゃんがカラオケで絶叫してるものだった。…やっぱり。これじゃなくて、昨日、証明写真を撮影してくれたじゃないの、と申し出たら「あぁ、髪が変わったので分からなかった」などと抜かしてきた。いや、あの、変化しているのは服装あんですけど(昨日は背広で、今日はTシャツ)。いい加減なオバちゃんである。

 昨日から睡眠薬が変更になった。新しい薬というので期待したが、寝つきはあまりよくない。(しかも朝までダルさが残る)



2004年06月18日(金) 中田浩二になり損ねる

 朝から頭が痛いということで子供は休み。暑がって臍を出したまま寝ているので、軽く風邪でもひいたのだろう。寝始めに汗をかき、パジャマをはだける。着せても(アトピーで)痒いからパジャマをはだける…の繰り返しだものなぁ。クーラー使ってないのに具合を悪くしてしまった。

 なんとなく予定が狂ってしまったが、月曜に書類を提出するには本日中に床屋へ行き、写真を撮影する必要があるので、嫁さんに子供をまかせて朝から床屋へ。いい加減、(自分的には)髪が伸びているので生まれてはじめて「こんな髪型にしてください」と、髪を短くした中田浩二の写真でも持って行こうと思ってはみたものの、最近の鹿島アントラーズは活躍してないのでサッカーマガジンに中田の写真はなかった…。自分の所にある中田の写真だと、今より長くしなければならない(しかも染めてるし)ので断念。次回に期待である。

 さっさと床屋をすませ、この暑いのにまだ出し放しにしている背広(冬服)持参で写真屋へ。少し値は張るが、この先、何枚の写真が必要になるかわからないので、ネガで撮影をしてもらう。時間帯が悪かったのか、店主は留守でセンベイを食べていたオバちゃんが対応してくれた。…まぁ、モデルがいいのでどんなカメラマンでもそれなりに撮影は可能だと思うのだが?なんとなく心配である。出来上がりは、明日。(子供が治っているのなら)スイミングの次いでがあるので丁度よかった。

 今週は診療内科の日。待合室では、クーラーの真下という環境で2時間近く待たされる。予約した時間なんかとっくに過ぎてんじゃないか。担当医師は何をしてるんだろう。後から来た(院長の)患者さんは、何人も会計を済ませているというのに…。遅い!

(相変わらず不眠は続き、ダルさだけが残る)症状に対してなんか思ったような効果が認められないので、いくつかの薬を列挙される。が、とても覚えきれるものではないのだが、今の中でどれを試してみたいか自分で決めろという。ううむ、症状を見てカウンセリングをしながら医者が決めるのではなく、患者まかせにするとは。目の前の患者は、何のために心療内科にいるんだと思ってんだか。この(インターンだか何だか知らない)先生が一人を相手にしてる間に、院長が5〜7人をさばく理由が分かった気がする。

 書類提出の前に、自分の意思だけではなく家族の意見が必要ということで、嫁さんにも就職の意見を聞くべく数日前に家族会議をするぞ、と宣言しておいたのだが「(あんたと違って)私は忙しいんだから」の一言で家族会議が流れる。痛い台詞である。

 なんだかんだで強い日差しの中、あちこち出かけたので寝付きはよかった。しかし、薄っすらと夢を見ていた頃、子供の何度も掻き毟る音が気になってしまい、以降、眠れなくなる。またも完徹。



2004年06月17日(木) これで俺も中田浩二

 朝早く、競り落とした背番号『5』が届く。ふふふ、中田モデルである。(やるかどうかは疑問だが)本山モデルもあるので、嫁さんとペアルックになる。非常に嬉しいはずなのだが、午前中は頭痛に悩み、荷物を開封することも出来なかった。

 夕方にやっと落ち着いたので、履歴書用の写真を撮りたいのでまず床屋に行くと、いつもガラガラなのに予約者がいるということで出来なかった。とはいえ、(営業は19時までだが)予約のお客さんが終わってからやるので、19時に出直してくれと言われる。

 …ただでさえ時間のかかる床屋なので、そんなことをしたら大変なことになるので明日にすることにした。



2004年06月16日(水) (続・ヨミウリってやつはよう)もう国立になんか行くもんか

 天気はいいが涼しい風が吹く。とてもすごし易い日。

 履歴書に添付する職務経歴書やらを印刷する紙が無くなってきたので買いに行く。用紙切れということは、これまでいくつの経歴書(と履歴書)を送付してきたのだろうか。少し前までは、書類は必ず戻ってきたし、中には送付代金としてか切手が同封されているケースもあったが、最近は履歴書が戻ってこないので、添付する写真の枚数も怪しくなっている。(中には連絡さえしてこない不届きな会社もある)

 アパートの前にある、(使用してんだか謎だった)工場の取り壊しをするということで、業者が挨拶にくる。ぶっ壊して駐車場にするそうだ。…せっかく防音壁の役割をしててくれたのに、建物がなくなってしまうと、近くのコンビニにはびこるガキの大声が響いてきそうである。後ろのアパートは9棟の家になったし、今度は前面が駐車場か…静かなのだけが長所だったのに、ここも住みにくくなってきたなぁ。

 最近、窓を開けることが多くなり騒音にピリピリしてる時期なので、なお更である。何せ9棟のドミノハウス(まったく同じ家が一列に並ぶ様子はまさにドミノ倒し)のガキも夜中だというのに奇声を発するし、ますます眠れなくなってきた。

 初めて自分で競り落としたグリコのおまけが到着する。水泳の振替で午後帰りだった子供は、狂喜乱舞する。今時、グリコのおまけでここまで喜ぶ子供はいないだろう。

 夕方、なぜか突然、嫁さんの社長から寿司を頂く。実は子供のスイミングが終わったら、国立競技場へアントラーズの試合を見に行くつもりでいたのだが、さすがに寿司が来るというのでは食わないわけにはいかないでしょう。(昨日の祈願のご利益か?)それとなく時間を気にしながら、寿司を堪能する。よし、これで元気になったので、応援するぞ。

 毎年、読売が主催する鹿島の試合というのは、なぜか国立で行われている。ここ数年、通っているのだが、確か去年は家族で観戦に来たんだっけ。今年は、平日なので一人である。さすが読売主催ということで、(相変わらず)緑の旗を配布していたが、欲しくないわ! 

 っていうか、アントラーズ側のスタンドに行く人間にそんなの渡すか? 私の出で立ちはアントラーズのユニフォームに帽子である。誰が見ても鹿島側の人間である。そんな人に緑の旗を配布するとは…。

 更に、これも毎年のことながら、アルバイトがいい加減なので鹿島側スタンドに緑の旗を持った人間を通す、通す。「読売応援する人を鹿島側に入れるのマズくない?」と注意してみるのだが、何を言ってんだこの人という顔をされた。
「こちら、アントラーズ側の応援席になっています」という言葉は、何のためなのか考えろよな。いくらアルバイトとはいえ、プロ意識がなさすぎる…。俺が浦和のフーリガンなら暴れてるぞ。

 スタンドに座れば休息中にタバコの匂いがしてくるし(←旗を持っているので読売サポーター)、とにかく楽しい気分で試合観戦はできなかった。野球とサッカーは違うんだぜ。

 鹿島側は真っ赤なサポーターで埋め尽くされているが、反対側を見れば緑の応援団は一握りしかいない。それでも大勢の人がいて、不思議に思っていたのだが、上から舞ってきたチケットで理由がわかった。そのチケットは、読売のハゲタカが印刷されている。いわゆる新聞の購買者用チケットである。そんなので入場した適当な連中が、配ってる緑の旗を手にして、空きがあるという理由で鹿島側に流れ込んでいたのである。最悪の環境だな。

 悪いことは続くもので、これまで観戦しに足を運んだ試合は負けたことがなかったのだが、不敗神話崩れる。しかも3−0の完敗。近くの読売サポーターを殴って帰ろうとも思ったが、アントラーズのユニフォームでそれも大人気ないので我慢する。














 もう、こんな適当なアルバイトと読売応援団ばかりの国立には、来ることはないだろう。だってサッカー楽しめないんだもの。



2004年06月15日(火) 京都で第二のスイカップ誕生か?

 スイカップ不倫で全国区になった柱谷が、なんと京都の監督に。去年の7月に写真誌報道があって、休養、減俸、10月に解任となって山形をガタガタにした男が京都の監督になるとは…。

 よほど人材に乏しいのか? サンガ。

 本気でJ1に昇格するつもりあるのか?サンガ。

 ま、何にしてもプロ野球の球団合併のドサクサって感じの報道であって、どこのニュース番組でも報道していなかった。京都の女子アナは気をつけろ! 宇宙人・柱谷が狙ってるぞ。

 夏日。

 この暑い中、書類の駄目出しをもらいに新橋(再就職支援センター窓口)へ。またチクチクと書類を直された。まぁね、数学みたいに一つしか答えがあるわけじゃないから、見るごとに「ここを変更した方がいいかな」という心理は分かるのだが、なんかムカつく。来週にまた、新橋まで来ることになる。結構、面倒。

 ついでに足を伸ばして上野へ。ここしばらく、お参りに来ていないので、動物園横の神社で祈願。ご利益は…期待してるとなかなか来ないものである。

 朝、人がまだウトウトしてる時に“パンパン”鳴らせてうるさかった紙鉄砲。なんか自分が子供のころは、子供の日になるとチラシで兜と、この紙鉄砲を作ったものだが…今、子供の中でこれがマイブームらしい。

 嫁さんに作り方を教わり、自分でも作れるようになった子供は、小学校で遊んでいると友達がほしいというので2人に作ってあげたそうである。しかし、そのうちの一人がグシャグシャにした挙句に(紙くずを)戻し、明日も持ってこいと言ったのだとか。親切で作ってやったのに目の前で壊され、明日も同じの持ってこい? 子供の落ち込む気持ちも分かる。こいつジャイアンか? と思ったが、相手は女の子だという(どんな教育されてんだか)。…和田アキ子か?

 飽きもしないでネット・オークションに見入る。透かしの入ってる初期型のアントラーズ・ユニフォームというのが出品されているのだ。背番号『5』というのも、なかなか深い。同時に小笠原のサインにも注目しているのだが、依然として本人のものか怪しいものの、徐々に高値をつけている。…迷うなぁ。

 迷うといえば、グレンダイザーはあきらめることにした。これだけは子供の頃からの思い入れがあるので、どうしてもと思ったのだが、(穴があいてしまった)Gパン、床屋、(履歴書用の)写真撮影と、アブク銭の使い道はいくらでもあるのであった。我慢、我慢。



2004年06月14日(月) ヨミウリってやつはよう

 好天。

 やはり薬を飲むとダルイ。基本的に薬は毒だな、やはり。

 新聞でもテレビでも、話題は(オリックス)ブルーウェーブと(近鉄)バッファローズの合併話ばかり。ふだん野球に興味のないオバさんまでもが騒いでる。ペ・ヨンジュンの追っかけでもしてろ。別に1リーグになってもオバさんには関係ないでしょうに。しかし、こうもナベツネの思惑通りになるものなのだろうか。サッカーのクラブ運営も人事ではないのだが、J発足当時にヨミウリが年俸を吊り上げすぎたのが原因の一つと考えると、ナベツネはスポーツ界に百害あるだけだな、と改めて思う。相撲の衰退にも関わってるし…。

 履歴書をセッセと作り直す。なんで一度に注意をしてくれないのだろうかと思いながら、ほとんど作り直す。…これに文句つけたら許さんぞ。

 川崎で。北斗のいい台に座ったらしく、大爆発をする。閉店まで粘るつもりはなかったのだが、閉店間近に『北斗』の赤オーラを引き当ててしまう。止められない。これがもう絶好調で、絶対にラオウ昇天までいける勢いだったのだが「時間です」というなり15連で機械のスイッチを切られる。明日が台の増設記念日ということで、目立つ場所の設定がよかったのだろう。その用意で忙しいから追い出しなのだろうか。せめて終わりまでやらせてほしかった。しかし、よ〜く耳を済ませてみると、まだやってる人もいる。ヤ○ザ風の人なので、声をかけてないのだろう。…そんなのありか? 奴の機械のスイッチも切れ!と心の中で叫ぶ。確かに悔しいのだが、なんか感情が希薄。大勝したというのに、店の外に出るとボーッとしていた。嬉しくも悲しくも感じない。いかんね。

 夜はやはり不眠。欧州選手権を見ることに。デンマーク、GKソーレンセンの神がかり的なセーブは、見ごたえ十分であった。さすが、W杯よりも面白いというだけのことはある。



2004年06月13日(日) (巨大な)ハングリー・スパイダー東京に出現


 昨日は、診療内科の薬を飲んでないので朝のダルイのがなかった。なんとなくスッキリとした朝をむかえる。…こんな気分って、いつ以来なのだろう。飲んでる薬って、本当に効いてんのかなと切に思う。

 ネットオークションで本山カードを競り落とす。最後の最後で競り勝つというのは気分のいいものであるが、5分違いの締め切りで中田カードも狙っていたのだが、こちらは見事に持ってかれた。本山カードを競ってた人と同じ人なので、「意地でも中田は譲らん」ということだったのだろうか。競り負けると悔しいものである。

 まぁ何にしろ、嫁さん共々あんなにポテトチップスを食べたというのに(カードはおまけ)、出てくるカードは京都だの、柏だの、浦和だの…。アントラーズのカードは本当に入ってのか?と何度、疑ったことか。いやあ、良かった良かった。

 夕方、隣で布団を敷いていた嫁さんが、あきらかに何かを探しているような素振りをみせる。タンスの隙間とか見てるから、小物でも落としたのか。手伝うかと聞いても「なんでもない」というばかり。あ、そ。

 で、子供を寝かしつけてしばらく。フト、手にクモ糸の絡む感じがしたのだが、いつもとチト違うような。糸が太いというの、なんか粘りがしつこくって異質な感じ。なんだろ?でも最近、クモ多いんだよな。

 そのことを嫁さんに告げると「糸が太いんだ…」と、訳ありそうな顔をした(しやがった)。この時に気がつくべきだった…。

 間もなく巨大なクモを目撃することに。手のひらくらいの大きさ、といえば大げさになるが、それくらいの衝撃はあった。何せ驚きのあまり空中浮遊したんだから。虫とか嫌いで心底、ビックリしたというのに、人の飛び跳ねるの見た嫁さんは大笑いをしていた。

 そんなことよりも、クモである。なんでこんな大きなクモが東京にいるんだか。手のひらの半分くらいはある! そんなのが、こっちの動きを睨みながら足をゴワゴワさせている。できることなら逃げ出したいが、掃除機をもってきて悪戦苦闘の末、吸い込む。失敗して逃げられたら、きっと布団になど横になれなかっただろう。偉いぞ、オレ。

 (そういえば、前に梅屋敷のある米屋の自販機にタランチュラが逃げ込むのを見たことがある。絶対にどこかの無責任な買主が、捨てたかか逃がしたかしたんだろう。あの大きさと、毛の生えた容姿は忘れられない。今ごろ、どうしているんだろ。梅屋敷に住んでなくてよかった)



2004年06月12日(土) 平成の子供、鉄人28号に喜ぶ

 スイカを持参でバアさんが来る。大げさなマスク、頭にアイスノンという出で立ちの息子を見ても、かける言葉はなかった。…いいんだけどね。

 昼にはなんとなく復活したので子供をスイミングに連れて行く。午前から昼にかけて絶好調だった子供であるが、施設に到着し、出番を待ってる間に突然「頭が痛い」といいだす。俺のが伝染ったか? それとも逃げ場のないくらいにガンガン効いてる待合室のクーラーか? とにかく受付で体温計を借りて計ってみると、7・5℃。さっさと引き返す。

 布団に横になった子供はグッタリとしていたが、買い物から戻った嫁さんの土産(鉄人28号のキャラメル)で復活する。お前…具合悪いんじゃかなったのか? 病は気からというのを目の当たりにする。

 昨日、寝てないし、ここん所の寝不足で夜は普通に眠れると思ったが、どうにもならない。深夜のサッカーを見るはめに。こうまで寝不足が続くと、あきらかに頭の働きがおかしくなってくる。思考回路停止? 頭が真っ白ってこんな感じ?

 よく立てこもりの犯人は警察の説得に応じず数日の篭城をするが、あれは説得に耳を傾けないのではなく、不眠が続くと何を言っているか分からなくなっているんだ、きっと。
 




2004年06月11日(金) 別にクーラーは使っていないのだが

 雨。

 鼻風邪がひどくなっている。鼻のかみすぎで耳が痛くなってしまう。ゴミ箱は、まるで花粉症の季節のようにあふれている。自分ひとりの仕業だと思うと、ちょっと滅入ってしまう。ただ昨日に続き、(残ってる)花粉マスクをしているので多少は楽になってるのかも。

 こんな状態で完徹夜となる。厳しいやね。なんで診療内科の薬を飲んだり睡眠薬(どっちも軽いのだが)まで飲んでるのに眠れないのだろうか。夜中に無気力ですることもなく鼻をかみ続けてる姿は、我ながら情けないを通り越している。この無駄な時間を後で使えるように缶詰にでも出来ないだろうか。…梅雨時期の夜は、気分が落ち込むねぃ。



2004年06月10日(木) 梅雨時の風邪もバカしか…

 完全に風邪。

 熱はないけど鼻がツライ。それとダルイのね。ただ…これは薬のせいなのか、風邪のせいなのか、寝不足のせいなのかはハッキリしない。なんでこの時期に?



2004年06月09日(水) 生まれ変わるならO型になりたい

 風邪? 喉が痛くて鼻がとまらない。

 嫁さんと揉めてしまって腹をたて日本代表のインド戦を見逃す。これ以降しばらく不機嫌モードに突入。免疫力もやる気も後退しまくりである。あぁ、喉が痛い。



2004年06月08日(火) 移動があったので、近頃の受付さんは公務員にしては親切である

 午前中に多少の雨。午後からも怪しいかったが、曇りだった。

 職安で営業職を中心にしてみるものの、ここにも経験○年という壁が出はじめている。若さという武器も、経験という武器もない身分としては、なかなかに厳しいわね。難病を克服したんだぜ、というのは評価にならないものだろうかと切に思う。



2004年06月07日(月) ズル休み?

 朝から大雨。昼過ぎにやっと止む。

 普通にしてても午前中はダルいのに、雨が続くとどうにもならない。

昼過ぎに新橋で例の委託会社(の責任者)に書類の添削をする予定になっていたが、貧血までおこしていたので日にちを変更してもらう。
 



2004年06月06日(日) そりゃ中止になるって

 予想通りの雨。

 今日の予定だった子供の(保育園時代の)友達の運動会は中止ということに。応援に行くつもりだったらしいので、子供はちょっと残念そうであった。しかし6月といえば、どのカレンダーでも紫陽花にカタツムリの絵って具合に梅雨の季節なのだから、他校のこととはいえ…運動会の時期はなんとかならんのかね。

 なんか睡眠薬の効き目に半日のタイムラグを感じるのは気のせいなのだろうか?
 ダルさの残る午前中を超え、昼を過ぎてやたら寝る。嫁さんがゴソゴソと扇風機を出していることにも気がつかなかった。犬のように浅い眠りしか出来ない人間にしては、深い眠りだった。この日は一日中、細かくウトウトとしていた。なんか調子悪い。



2004年06月05日(土) 湯川元専務は常識人だったのか

 子供が今、読んでいる(読ませられている?)シリーズものは『忍者ひなた丸』。その10巻めが図書館に明日の返却というので、朝から一気に読み終わらせる。いつも区切りながら数日かけて読んでいるので駄々をこねる子供も、一気読みに大感激していた。

 スイミングは例のごとく盛況で、座る場所もないので散歩に出る。近くにゲームのハード機種から撤退をして、ソフト制作会社となったS●GAの本社がある関係だろうか、スイミング近くの本屋やレンタルビデオ屋には、なかなかパンチの効いた兄ちゃん(の集団)がいたりする。変に自分はクリエーターという意識があるので、秋葉原に生息している兄ちゃん達より性質は悪い。店内での奇行を色々と目撃してしまったが、こういう連中も面接とか受けたんだよな…。会社に入ってしまえば一般常識は問われないものだろうか。

 素人は、ここいらにSONYがプレステで勝利した(というかサ●ーンが自滅した)原因があるのでは?と思ってしまう。



2004年06月04日(金) やはり税金の無駄使い

 講義の最終日。なんだかんだで一週間がやっと終わる。

 結局、手探りではじめてるのがありありと伝わってくる、あまり意味のない講座ばかりであったかな。それを物語るように?最後の講義は『インターネットによるポスト検索』と『再就職で成功する方法』なのだが、欠伸を噛み殺すのに苦労をする内容であった。

 『インターネットによるポスト検索』は実際にやってみるということであったが、時間になって講師が機器のスイッチを入れても画面が白いまま。講師が「パソコンとスライドの使用方法がよくわからない」と言ってしばらく黙り込む。ギブアップして人を呼びに行ってしまい(電話しろよ!)、15分ばかり教室は講師のいない空間に。むう、なかなか味のある授業である。それでも室内がザワつかなかったのは、さすがに集まっているのが40代、50代の方々が多いからであろう。

 連れてきた助っ人のおかげでやっと閲覧できる状況になったのだが、接続してるのが携帯なもんで(この日に限ってケーブル接続のできない教室を借りてしまったそうである)クリックしてもなかなか画面が切り替わらない。時間ばかり経過して、何をやっているのか分からない散々な講義であった。

 集まっているオジさんの多くは、ただでさえパソコンが分からないから、これは厳しかったのだろう。教室にいる半分近くのオジさんが昼寝をしていた。なんか大学の授業みたい。…こういう時にこそ公僕は視察に来るべきじゃないのだろうか(講義内容も、受講者の態度も)。
『再就職で成功する方法』は…50分、現実離れをした講師の夢物語を聞かされた。ここにいるのは、切羽詰った中高年ばかりなんですけどね。



2004年06月03日(木) お前、営業決定! 営業ね、営業! 営業しかないから。

 昨日、就職斡旋会社から(FDで)フォーマットを借りてきたので履歴書の打ち込みをして、朝から本日の個別面談にそなえて打ち出しをする。

 あぁ、履歴書を手書きしないで打ち込むってのは楽でいいねぇ。『文字は人なり』などと抜かす年寄りがいるけど、今の時代、手書きすることなんてないじゃん。履歴と職歴を見たいのなら、ワープロ打ちでいいじゃんかよぉ。(そもそも、これまで何度か編集記者の面接を受けてきたが「わが社はPCで印刷屋に入稿します。手書きはもう必要としてませんが、PCは出来ますか?」という企業に限って手書きで作文を書かされる。御社内で手書きで文章を扱うことってあるんですかと聞くと、返ってくるのは「さぁ? 業務報告くらいなものかな」。もっと打ち込みの速さとか正確性を見ろってのに!)あぁ、フォーマット履歴書は楽だ楽だ楽だぁ。

 午前中に個別の面談。誰が相手してくれんのかな、と思っていたら今回の職業訓練?の統括者、キクチ氏だった。ここまでの所、唯一、ためになる話をしている人である。副社長だとか、社長秘書などという肩書きだけの講師の話は意味がなかった…。会社として、この第一回目の(金になる)再就職支援サービスの統括をしているくらいだから、かなりのキレ者なのだろう。と、期待をしていたのだが、どうも成功させようという意思が先走り、変な方向に行きつつあるような雰囲気を感じてしまう。

 というのも、こちらの状況や意向を把握して相談に乗ってくれるのではなく、過去経歴から可能性のある職業のアドバイスのみを賜った。講義の中では、やる気がなければ続かないから、やりたい仕事を吟味しろ!と言っていたので、自分としては組立工とかエンジニアという仕事に興味を示したのだが、一言「ダメ」。確実性がないからやめなさい、とのこと。

 じゃあ再就職のプロの方に、何ならいいのか逆に聞いたら「うちには編集の仕事がないからねぇ。そしたらもう(オタクさんのガラガラの履歴書だと)、営業しかないんじゃないの」とのこと。その言い方、営業職をバカにしてんじゃないの。失礼だこと。

 その後、営業に応募する書類への書き換えを命じられる。対営業職専用履歴書である。

 1時間ほどの個別面談が終わり、エレベータに向かうと同じ頃に終わった昨日のババア…じゃなくてマイペースなマダムに会う。なんか個室で無言なのも失礼かと思い、「なかなか思ってる通りにはいかないもんですね」などと持ちかけてみると、「あら、シンパシーの同調がうまくいかなかったんですわね」と真顔で言われた。あ? 何だって。

 エレベータが1Fに到着するとこのオバさん、まるで殺人者から逃げるように小走りにビルから抜け出す。…話し掛けはしましたが、別に一緒に食事しようなどと誘う気持ちは皆無である。やっぱどこか変な人である。

 本日の講義は面接の達人。

 『面接の心得指導』、『面接の受け方(ビデオ)』ということだったが、我々30代から50代を中心としたメンバーは、高校生ではないのである。
「ネクタイの柄は重要です」という講師のネクタイは、派手なハイビスカスだった。そんなのしてったら、面接官は目を丸くするだろう。

 せっかく連日のように新橋にいるのだから、子供を誘って日テレに(夕方のニュースの)木原さんを見に行く。よく放映前に遊びに来た観覧者を放送してくれるアレである。戻ってくると、必要以上に嫁さんが喜んでいたのが印象的であった。



2004年06月02日(水) 社長秘書は眉毛がお好き

 土曜からの暑さを考えると、急に気温が下がる。

 本日の議題は『自己推薦状の書き方』と『ビジネスマナー』何をいまさらと思いつつも、昨日のように目から鱗を期待してみたのだが…。

 書状の書き方で統一したいのは、西暦か和暦か?ということ。まぁ、ふつうは和暦で統一するのが一般的ですね、と講師。ここに異を唱えたのが斜め前に座っている(通称)マダム。只者じゃないという概観のそのババ○は、今までかなりのキャリアを持っている(らしい)。嫌味なくらいに自慢していた。

 「外資系の企業に応募する際は?」…まぁ、大きな企業であれば外国人も絡んでくるので西暦ということもあるのでしょうが、そういう場合は自分で判断をしてみて下さい。すると「研究所とかに応募する場合は、研究所さまとするのでしょうか」と言い出す。そんなところに応募(っていうか公募してんのか?)する人はあまりいないと思うのだが。

 もういい歳こいたババ○だけあって、話がしつこくって、この西暦か和暦か、そして研究所などへの応募方法の質問を何度も何度も繰り返し、教室内を15分も固まらせてしまった。講師も付き合って同じ回答を何度も繰り返してるし…インテリというのは、自分勝手で空気を読まないものである。またオジさんが昼寝してしまうぞ。

 講義もこれで三日目なのだが、講師は必ずといっていいほど『55・38・7』という数字を使う。面接などで初対面の人間から受ける印象の数字だそうで、目から入る容姿などが55%、耳から入る声などが38%、その他が7%となるそうだ。ってことで、外見はしっかり整えることが必要、という話の流れになるのだが、前出のインテリが突如「私、そんな話を聞いたことはありませんわ」と言い出したので、イチから説明を受けることに。講師も「あれ? 他の人間から説明ありませんでしたか。知ってる人は手を挙げて」と言って教室のほとんどの人間が挙手しているのだが、インテリ一人の勘違いだと思わないのかしら。

 だもんで、(講義を聞いてなかった)インテリさんのためだけに同じような説明が繰り替えされることに。あんた講義中にメールとか(お喋りとか)の内職してるから聞き逃したんじゃないの? と思っていたら話半分のところで「あ、55・38・7ですね。思い出しましたわ。おほほほ」だと。しかし、講師は「せっかくここまで説明したんですから」と、親切にも最後まで説明を続ける。するとインテリさんは「(隣のオバさんに)…なんで同じ説明をクドクド聞かなければいけないのかしらね」ときた。誰のせいだよ。たぶん、この人にストレスという文字はないのだろう。

 で、結局、何が自己推薦状の書き方なのかわからなかった。

 続いては『ビジネスマナー』ということで、初日に見かけた夜の蝶が登場した。さすがにあの時のような対・役人接待用の衣装ではない。グレーで地味なビジネススーツの見本みたいな衣装である。夜の蝶がネズミになったみたいだった。

 なんでもこの方の肩書きは社長秘書! 社内でマナー教育もしているというので、姿勢にはうるさい。面接用の姿勢で講義を聞いてない我々に(そんな姿勢を1時間も続けろってか?)、途中でキレ気味になる。この間の副社長といい、我慢のできない職員が多い会社であること。こんなカルシウムの足りない人が人事を担当しているとロクなことはない…と思う。

 講義の前半は、またも「55・38・7」であった。もうマダムのおかげで耳にタコが出来るくらいに聞いとりますがな。講義の途中で社長秘書は、キャリアカウンセラーの資格を持っていると自慢する。(そんな私からしてみれば)最近の面接の傾向としては、とにかく姿勢と相手への好印象が大切。最近はビデオで(自分の面接風景を録画して)チェックを入れるのは当たり前。顔色のメンテナンスも必要なのよ、と。化粧も出来ないような男は面接に通るわけがない! 眉毛のお手入れ、書き方ひとつで私は落とします、とのこと。

 面接で他の人はいいといった人も、私は(眉毛が? 化粧が?)嫌だったから切ったこともあります。…どうしよう、化粧なんかしたことないぞ。

 っていうか、昨日と同じことだがやはり最近の面接は『運』次第なのね。そういうことを言いたいのか?この会社は。そんなら一週間、意味ない講義だよなぁ。

 「以前、JTBの若い社員だったんですけど、今でも会った時の眉毛だけが気になっています。それほどに(眉毛は)重要なのです。私は、さすが有能な会社の社員は眉毛が違うと思いました」って、あんただけじゃないの? よほど若い社員が格好いかったのか、眉毛フェチなのでしょう。さすが(この会社の)社長秘書は目の付け所が違う!

 最後に社長秘書は、こんな例え話を披露してくれた。

 「採用は一人だけなのに、二人の候補が残りました。仕事ができないけど人柄の良いAさん、仕事は出来るけどチームの和を乱すことのあるBさん。こういう場合、私ならAさんを雇いたいと進言します。そういう時代なのですから」と、何故か自分の好印象アピール作戦をしかけてきた。…それにしても真実味のない例えである。眉毛ひとつで人を落とすような夜の蝶が、人柄なんか重視するかぁ? そもそもなんで仕事出来ない人を企業がわざわざ雇うんだよ。漫画じゃないんだから。誰に向かって好印象をアピールしてんだ?この人は。



2004年06月01日(火) とてもリアルな人事課の採用方法?

 朝から雨。

 ここしばらくの不眠は病的だったが、昨日はついに一晩眠れなかった。布団にいるとつらいので、起きだして深夜番組を制覇する。こうしている間に眠気がくることもあるのだが…。すっかり窓の外が明るくなった6時半にやっと眠気がきたのだが、子供の目覚ましで嫁さんと子供が起床する。なんてタイミングの悪い…うぅぅ、ほんの少しでいいから眠らせてくれ。

 日曜日に運動会で1番になったのがよほど嬉しかったのだろう。色々と自信をつけている最近の子供。俺も(テストで)100点とったり、運動会で1位になった時にもう少し親が褒めてくれれば性格もまっすぐになったんだろうけどね。フト思い出したが、何年の時だったか忘れたが、親が運動会を自転車で見に来たことがった(らしい)。当時は3つ違いの妹もいたので顔を出したのだろうが、確かに徒競走を見ていたらしいのだが、夕飯時に「ま、次に頑張ればいいさ」と開口一番で言われた。かけっこ得意なので1位をとっているのだが、次に頑張れってのはナニ? 人の子供と間違えたのか、はじまってすぐに帰ったかのどっちかだな。(昨日のことだが)そんな連中も孫が一等になったら、わざわざ本人から話を聞きたいとか抜かすんだから…。

 新橋での講義の二日目。セールスポイントの書き方という講義には(元?)副社長が登場。

 …つまらない。朝の会議よりもつまらない。居眠りをしている親父が副社長の真正面にいたので激怒してしまい、「この大事な授業中に眠るのは駄目。とっても大切なんだから」といって全員を立たせ、おかしな体操をさせる。そもそもお前の講義が面白くないのがいけないんだろうに。(まぁ、イビキをかいて眠る親父も親父なのだが…みんながいい迷惑である)

 「書類を送る時は記念切手を使え」とか本当に効果があるのかどうか怪しい講義だった。記念切手だと印象もよく、中身を見てみようかな〜という気持ちになるんだとか。そんな選考してきたんだな、コイツ。今までとんでもない書類選考をしてきたわけだね、副社長ったら。(嫁さんによると記念切手というのは機械を通りにくいので、郵便局から発送をしても到着が送れるそうである)ちなみにある人事担当の人は、送られてきた封筒の名前を見て「和田あきこ? 俺、あいつ嫌いなんだよな」というだけの理由で書類を破棄したことがあるそうである(そんなの自慢話にするか?ふつう)。

 最近の書類選考は『運』の要素がかなり強いようである。バブル時代には考えられなかったことですなぁ。

 2時限目の人は今回のセミナーの全体的な統括責任者というだけあって、はじめてためになる話を色々と聞けた気がする。まず、最近は履歴書などの書類は3つ折りにしてはいけないのだとか。相手にしてみれば、色々な部署の人が見るたびに折りたたみ封筒にしまう、という作業が面倒なのだとか。そんな大きな会社に書類を送ったことなどないが。自分的には出し入れしやすいように大きめの封筒に入れていたものの、そうではなく折り畳むこと自体がいけないんだとか。一番いいのはA4の書類(履歴書、職務経歴書、自己推薦状)をまとめ、クリアファイルに入れて送付するのだとか。写真は自分の写りのいい写真を送ること。書面にこだわらず、多少の格好は気にしないで写りのいい写真を。なるほどね。

 ただ講釈が違うと困ってしまうこともある。例えばセールスポイントの記載。副社長は見やすく3つ程度に収めるといっていたが、責任者のキクチ氏はマスの8割はうめないと意味がないという。まぁ、人事なんてのは、その人の好みなのよね。…やはり最終的に必要なのは『運』なのか?


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