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コトバトカゲ  2008年07月31日(木)
血液に当たった太陽の光が織り成した影。揺らめいて一言、二言、何かを言ったかのように見えた。まるで言葉。そう感じた瞬間から、言葉の力は目に見えないところで動き出して、誰よりも早く、「何か」を呼び起こそうとしていた。
裏切りの化けていた鬼? 悲しみの化けていた精霊? 澄んだ白い肌の中に走る、青く脈打つ血管に、太陽が差し向けた光がやって来る。それは確実に影を落とし、生まれた影はあらぬ姿の何かを映し出す。見れば見るほどまるで何かの文字、記号のようで、気もそぞろになって意味を見出そうとする自分を止められない。悪魔に囁かれ、唆されてゆく瞬間。自分の中に自分でない者を呼んでしまうのはこうした、ふとした出来心や迷いごとにある。

そうして一人のはずの自分というものの中に、記憶したはずもない誰かが住まうようになり。出会ったこともない騎士や妖術師がうろつき。見たこともない獣や魔神がうっすらと心の闇に紛れて足音を微かに立てる。わざと。





ホワイトブレス  2008年07月28日(月)
著しく酩酊が進み、どうしようもなく五感が薄れたり際立ったりして、感じているものと感じた後の印象とかが整合を失い、思考が闇へ落ちてゆくとき。アビスの扉が開き、この私というやつそのものが開いた扉となって、私の形をなぞる意識はそこで様々なものと出会う。

真っ白い飛行機に荷物と人を詰め込んで、塩と死の世界に飛び立ってゆく。この空港は待ちに待った人々をあの世に送るための機関。
見送りのない不思議な光景、皆がとてもクールに静かに歩を進めて乗り込んでゆく。
「世界の果てへ」というとても陳腐なことを言う奴は誰もいない。
死界の境界線を越えても機体が壊れたり消滅しないように特別なコーティングが為されている。

そこに黙って、死客者のふりをして乗り込んでみる。

生者の反応を感知され、特別査察飛行部隊が雪崩れ込んで来る。
高度何万メートルあるか分からないというのに迅速で、すぐに私を割り当てる。
私は「ここには一時的に、世界の果てを探りにきただけ」と答える。
「ここに立ち入った以上は帰るも帰らないもない、帰れないのだ、
生まれてくる胎児が己をどうこうできないのと同じでな!」と叫ばれる。
私は「ここから出るよ、見終わったら私は出て行く」と答える。
「ならば今ここで、お前を死者にしてやろう!」と檄が飛ぶ。

私の胸や肝臓を貫いたかに見えた白く光る剣はそれでも私の命を奪えなかった。当然だ。私はこっちの世界に体を置いてきて意識の中で白い死のフライトに便乗したに過ぎない。
驚かれても困る、どうせなら世界の果ての拘置所に連行して下さい、どんなに果てにあるのかもっと見てみたい。私は答える。

持ち帰れるものはないぞ、と最初に案内者から説明は受けていた。夢と同じで、意識の確たるところに記憶を留めるものでもなく、ましてや手にした撮影機材で写し取れるはずもない。物理的には立ち入れない領域なのだ。観測方法、記述方法も根本的に変えてしまわなければならない。それを敢えて、現世でのやり方に固執した。時間が無かったのだ。

蓮が咲いたり仏陀が待ってたりするような生易しい世界ではない。ただ白く、虚空の中に、開け放された壮大な廃墟が立つ。高度な文明が滅びた跡のようだ。白く輝く空は絹の上質な繊維を光にあてたかのようにキラキラと輝いたり、くすんだりする。虚ろでならない。
誰かを探しにきたのでも、誰かに呼ばれたのでもない。ただ「世界の果て」という言葉に向かって愚直に突き進んでみたかっただけなのだ。

次はどんな夢を見るのか・・・。




舌下賊と池  2008年07月21日(月)
「僕らの、約束の地へ、行こう・・・!」と書こうとして「僕らの、約束の池へ・・・」と書いてしまったときの、あの、後悔。恥。悶絶。一言で言えば恥辱。一人で己を苦しめて苛むひととき。コカコーラも及ばない領域。それこそがおれの求めている地点なのだ、などと言い切れる自信と強さを未だに持てない私である。しかし、その裏には、何かこう人をグッと捕えるものがある。だって、池ですよ、池。旦那、池ですよ! 大切なことなので二度言いました。池ちゃん。

大体、そんな青臭い台詞を堂々と登場人物に言わせるだけの度量、持ち備えている人間なんてよっぽどの莫迦か、よっぽどの智謀派、あるいは真っ直ぐな信念揺るぎ無き者である。「約束」って何だよ、そんなんあったっけ? あー、あったかもしんねー、けど忘れた! けど断る! それが現実でしょう。という冷めた落ち着きどころを求めてならないのがこの私なのだ。しかるに、できれば、「僕らの、約束の池へ!」という方が本来は、好ましくてならんのである。

では約束の池とは何か。それは釣吉三平とか、漁業権で揉めている漁師とか、ダム湖に沈んだかつての村民とか、そういう人達を思い浮かべてしまう。それではいけないと思う。もっとこう、気の抜けた、「えっ、約束の地って、もっとこうかっこいいとこじゃねえの?」と期待に胸を膨らましていた人間達が一気に意気消沈、熱い友情とか過去の約束なんて胡散霧消です。そういうのが好ましい。なぜなら、私は、真っ当なものに興味を欠いてしまっているからである。

私が真っ当で、きちんとしたことを言うとき、入れ替わりに、刺し違えるように、舌の影から小刀を手にした影なる小鬼が現れる。そいつは私の言語の心臓に刃の先を押し当てており、私が世間一般でいうところの正しい文脈、世間的に正しい情念と視線でモノを言うのとほぼ同時に、ちくちくと刺すのだ。小刀はわざと刃の手入れを怠ってあり、わざと王将の油でべとべとにしたようなヤニめいた汚れがひどく、しかるに言語の心臓を貫いたり血管を断ち切るだけの力を持たない。ただし強迫や萎縮にはそれで十分なのだ。

私は影なる小鬼に打ち勝とうとして、例えば就職の面接だの上司への報告の時だの、先輩諸兄に対峙する時だのには細心の注意を払って、色々と調伏の心積もりは重ねてきた。しかしときに舌の上の魔獣、鬼神などを巧みに共謀し、これを己の人生の武器として使いこなすとんでもない人物もいるものである。

そうした業師の姿をテレビ、公演、ネット、なんたら、かんたらでちらとでも見てしまうと、どうしてもそれが欲しい。欲しくてたまらなくなる。そこで、わざわざ影を作る。舌下に影を作るのはたやすいこと。己の言葉に自信を無くし、心の拠り所を失わせれば事足りる。自分の発言をあくまで疑って信じないこと、にも関わらずに取り繕って空虚と思わしき言葉を乱発すること。これにより舌下の賊はたやすく発生する。

問題はこれがちっとも凄い鬼だの魔獣だのには成長してくれないことである。当たり前のことだが発生の原理がまず全く異なる。才能や努力を介さない自己不安や自滅から生んだものは、いたずらに自らの手足を傷付けているのと変わらず、大した働きをしてくれるでもない。
というところまで分かった上での話しなので、いっそ池にでも漬けてみようかと思う。すると、たいがいのフィクションでの池、沼では、‘況◆▲瀬鵐献腑鵑ある ⊇斗廚塀賛諭▲魅靴いる ということが多い。これは池にはめてみようと企む。そういうわけで、池とか電池とかいう言葉は基本的に好きだ。好ましい。できれば良い交際ができればと思う。電池の「池」なんて最高だ。読み方も申し分ない。ぜひ私と一緒に。といいたくなる。

こうしたことを述べていますと、人生がときに、ふすまや障子に映し出された映写機のおぼろげな像のように、ゆらゆらと、まとまりや流れを欠いた、崩れた虹のようであり、私は、一層、心があやしくなるので、このへんでやめときます。自らの言葉で自らに魔性を呼び寄せてしまうというのはよくあることだから気をつけなさい、と、誰も言ってくれなかったがきっとそうだろう。ぬるぬる。生茶を飲んで寝ることにします。ごずめず。




星屑の露道  2008年07月19日(土)
星屑のように散っていった想いの数々。忘れはしないと誓っていたものが砂粒のようにばら撒かれてゆく。毎日を歩むための地面となって固まってゆく。壮大な蒼い空、神々しい星、真っ赤な太陽、それらの夢は、毎日を刻むうちに塵となり砂となってこの地平、日常の大地に降り注ぐ。体に現実感が宿る頃、全ての幻想のような夢のかけらは踏み固められて地平となる。その上を歩んでいくときの安定感は計り知れない。が、もはや重力の安堵感に酔いしれたこの体、いささか酔いすぎたようだ。並みの麻薬にも酔うことは出来そうにない。この眼は果たして今、其処だけを見て足元に酔うのか。それとも更なる星屑を生み出すために更に遠くの虚空に巨大な夢を見るのか。どうなのだろうか。私はもはや何も握り締めてはいない。君はどうだ。私はもはや何者でもなく、何者にもならない。君はどうだ? 激しく燃え上がる太陽よりも、平熱に静まり返るアスファルトの道路をと言うのだ。君はどうだ? 夢も見ずに眠り夢を語ることなく生きることの安定感とは不覚にも凄い効力があるものだ、君はどうだ? 






闇の花  2008年07月16日(水)
ヒトノココロに本音も何もあったもんじゃないが、ミクシィでは書けないことの方が多すぎる。お互いに知り合い同士が空気を読み合って、お互いの顔を見てるだなんて。日常の延長線上。息が出来なくなる。ただでさえ呼吸は苦手。
もっと言葉の力を・・・私はただでさえ他に何も持たないのですから。

心臓を締め付けるものの正体を、太陽の中に見るとき、地上に降り注ぐ日常の幸せとか穏やかさとかを、ありのままには信じられなくなっていた、それでもなお、この身を委ねるべき炎が、闇の息吹であったならば、やっぱり命がもちそうもないってことも、知っているから私達は、何処にも行けず今此処に留まり、チャンスを狙うふりをして諦めている、実は。

自分が無力で背徳者だということを、丁寧に認めながら加速できれば
強いのです。きっと。

夢の中、追い縋る陽の光を背中から浴び、浮かび上がる影の中から生み出される数々の化物の、姿に耐えられなくなって素足で逃げ出してゆく、逃げ場など、無いんだって覚悟を決めたはずだった、なのに本能は黒い炎のように揺らめく影から逃げろと言う、朝が来れば溶けて流れ出すだろう、夜が来れば瞼を閉じて眠ればいい、なのに眼差しの先を支配されて動き出せずに、僕は僕の中にある闇に怯えるだけに、なってしまっていたようだ、実は。


闇の総量が失われるたびに不安になる、かつて自分の力だった花が、今や、おぞましい気配でしかないのかと。
あやしい気配を漂わせてこの世をうろつく輩が昔はもっと沢山いた、だから面白かった。今は、まるで浄化された後のように、誰もあやしい奴なんていないのか。
花が見えぬ。




another planet  2008年07月12日(土)
2004年、2005年に使っていた携帯を再充電して、中身を見てみた。どうしてこんなに力が溢れていたのだろう。どうしてこんなに色んなことがありすぎたのだろう。どうしてこんなに仲間がいたのだろう。全て憎みたいほど不器用で不気味で、とにかく早く!こなして去ってゆかせるためだけに消費していた毎日だった、というのに、どうしてこんなに愛しく思うのだろう。

距離を置いて見ればどの季節も彩りが豊かで、特別だった。懐かしさ、なんて感じたりしない、というのが私の信条で性分だった、なのに、この、こみ上げてくる思いはなんだ。過去が現実を乗り越えて、時間の防波堤を引きちぎりながら鮫の歯のような荒々しい波となって来る。一体どうなってるのか、って聴きたくても当時のみんなはもう既に別人。加速してゆけばどこかの時点で別の誰かに切り替わる、それが歴史。私だってそうだ。

目にする光景はいつもと全く変わらない地上。なのに中身は、身の回りは、すごく速く移り変わって、糸は切れてまた繋がって、別の惑星のよう。あなたがたの影がダイアの輝きに見えるぐらい力強くて頼りだった。今思えばそうなのだ。仲間と呼べる人、自分と呼ぶべき人。それらが総入れ替えを終えたあたりが今現在の地上のようだ。住みやすいけれど物足りない。生きやすいけれど物足りない。ああ、君達に会いたい。もう一度。かつての・・・たった数年前だけれど、幾光年か向こうの星に離れてしまった君達に、会いたい、もう一度・・・。




無情動  2008年07月09日(水)
やる気がなさすぎて
おれは食堂のぐだぐだな
やる気のない醤油注しを
撮った。
ちくしょう。
ファック。
なんてあたましてやがる。
これじゃ抱けねぇ。

なんの進化もないような、停滞した日々が続いています。
どこへ向かうでもなく、毎日が一枚一枚、終えられて消費されていくのです。
喜怒哀楽のどれでもなく。東西南北のいずこでもなく。

…単に蒸し暑くて調子良くなくなっただけとちゃうんか。
いやいや。
おれの心は何らかのかたちで既に、風を失っておる。若き猛りというか。獣性とか。珍妙さを愛でる想いなどが。失っているのでは。
昨夜、見ましたよ。ガイアの夜明け。
古紙だの、リサイクルだの、中国の製紙会社だのと出てくるもんだから、
「ダのつくカミ会社はつぶれたりせえへんのかなあ」と、これまた実の母親を相手にぶつぶつと十数回繰り述べておりましたら、まあ、番組の最後に、あいや、見覚え著しい工場が。どーん。どどーん。

本来の私ならばここでもっと歯軋りや痙攣、怒号、失禁、見境無い電話など行って、昔の竹中直人ぐらいわけわからん様相を呈するに至らねばならぬはず。
それが「ほう、相変わらず大きいなあ」「津波でつぶれたりせんのかなあ」「あ、ミスリルナット。やったー。」(※アプリでF.F4やってました。クアルトパペットを倒すと飛行艇修理の道具を落とすときがたまにある。) なんたる平熱。もはやおれは理不尽な喜怒哀楽も忘れた、社会的家畜なのでしょうか。…まあいいや。

平熱で過ぎ行く世界はまったく面白くなく、何も思い付きません。しかし深い怒りや悲しみ、不安感などもない。日常を茶飯事に変えてうまくこなすには必要な技術なのでしょう。しゃあないか。

ただともはいらんから、爛れ友をくれ。ごっつい爛れたやつを。濃ゆい飴や蘭の花弁を煮詰めて特濃シロップをぶっかけたようなやつを。…そりゃごっつい暑苦しいな。ぬうう。あかんか。

まあいいや。翻弄されてくれよう。煮汁。素面で眠気を感じなくなるほどこの世に思い焦がれていたいなあ。煮汁。

ちっ。眠いぜ。あほん
だらぁ。





ヒツヨウド  2008年07月01日(火)
沈滞したときに助けてくれるのはいつも珍奇なものを振り撒いてくれる友人、ぎらぎらと闇の底から輝く音楽、そして、この世の人類がみんないなくなっても世界の果てやそこかしこで必ず待っていてくれている、言葉。本。文章。救いはある。必ずや。

この自分だって、この世のどこかにそうやって紛れ込んで、どこかの誰かにとって重要な世界線の1本や2本を敷いてやりたいのだと痛切に思っていた。片想いに近いぐらいの熱心さで。しかし実物の人間に、具体的に必要とされるのは結構しんどいことだった。
福祉などで窓口をしているとそれが痛切だ。本当に「仕事でよかった、」と思う。これが生涯切っても離せないことだったなら私は亡霊や怨霊のように追いかけてくる「人々の求め」に怯えを感じただろう。

誰かのために、と思っているのは実はすごく限定された、身に覚えのある誰か、のために、言葉だの声だの色だの音だのを届けたいと思っているに過ぎないのではないか。決して不特定多数の誰か、なんていうもうのじゃない。もっと具体的に的は絞られていて、だから言いたいこと、表したいこと、敷きたい世界の線の種類は、いつもだいたい一緒なのだ。
この内に秘めたベクトルの向きも属性も色合いも温度も・・・ずっと何年も変わっていない気がする。
ならばそれは誰にとっての必要度を反映したものだろうか、と言うと今まで出会ってはすれ違ってきた数々の(しかしごく少数の)記憶に残っている人達にとっての、心のコアを射抜くものなのだ。

相変わらず暑くて湿っぽくて、ぎすぎす、じめじめした毎日が展開され、厭になるぐらい平日も休日もどろどろとマッド・ゴーレムのようにずりずりとこちらに向かってくるけれど、呑まれたら呑まれたでそれは風の精霊が沸かした突風だったのかというぐらい速くて、全てが一瞬で終わってゆく。そんな毎日の夥しい累積の中、お元気してますでしょうか。私は相変わらずです。あなたは――恐らくはお互いに身に覚えのあるあなたは、お元気でしょうか。私にとってあなたは必要度がすごいようです。今も囚われているのは間違いない。しかし。




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