思うところあって...銀の

 

 

底なし好き - 2007年02月24日(土)

今日は太極拳の4級の検定を受け、
見事合格しました。
おめでとう、ありがとう。
まぁ、4級を受けた10人程度の人全員が合格して
いたので、たいしたことではないのですが。
それでもやっぱり緊張して手がぷるぷる震えていました。
頭が真っ白になっても自然に動けるくらい、
体に染み付けばいいなぁって思います。
模倣から入って、底がないほど深くなっていける
事柄が好きです。
たまにこんな風な適度な緊張に晒されながら、
死ぬまで生きてゆきたいです。

昨日は、ある方から貸していただいた
「地球交響曲(ガイア・シンフォニー)」の
3巻を観ました。
いろいろ感じるところがあったのですが、
まだ頭の中でぐちゃぐちゃしていてまとまらないので、
ここには何も書きません。
ちなみに、一緒に観ていた旦那坊主は途中寝てました。
ドキュメンタリーはとても好きだし、私には必要な
ものだけど、やっぱり睡眠の方が大切です。
そういう感覚はいいなって思います。


...

ゴールデンスケジュール - 2007年02月18日(日)

昨日の予定。
お昼のバイトを終えていったん帰宅し、
21時から中崎町にあるプラネットプラスワンという
映画館でピクシーズのドキュメンタリー映画を観て、
家路に着いたら24時10分からNHKで放映される
奥田民生の20周年ドキュメンタリーを観る、
というまさしくゴールデンなスケジュールだった。
の、予定だった…。


実際は、バイトを終えて帰ると、
一緒にレイトショーを観に行く予定だった旦那坊主が、
休日出勤による疲れと日頃の疲れが溜まり
臥せっており、映画館に行くのは諦めた。
奥田民生のドキュメンタリーまでには時間が
ありあまっていたので、借りている『A』という
オウム真理教についてのドキュメンタリーDVDを観た。
ものすごく考えさせられる作品で、社会って、大人って
なんなんやろ〜って凄く思った。
物事を鵜呑みにする怖さを感じ、改めて、
物事を決め付けずに自分の頭で考えてみることの
大切さを思った。
で、そのことについて体力が回復しつつあった
旦那坊主と近所の居酒屋で酒を飲みつつ語り、
帰ってから続編の『A2』を観た。
やっぱインパクトは『A』の方が凄かった。
観終って時計に目をやると、深夜の1時20分だった。
奥田民生のドキュメンタリーは終わっていた。

ノーーーーーッ!!!


忘れていた。ほんとに忘れていた。
私の青春ピクシーズや、世界一好きなミュージシャン
奥田民生の素顔を見ることなく1日のスケジュールを
まっとうしてしまった。
ほんとアホなんだろうか、私。


...

懐中電灯 - 2007年02月16日(金)

昨日の昼からどうも『もののけ姫』のこと
ばかり考えていて、寝る前にパンフレットを
引っ張り出してきた。
あれってもう10年も前の映画なのね〜。
で、横で眠ってる旦那坊主を起こしては
悪いので部屋の明かりは点けず、
かといって豆電球の間接照明だけでは暗いため
懐中電灯で照らしながらパンフレットを
読みふけっていた。
そこまでするなら、普通に居間で読めば良かった、
と後から思った。寒かったし。

やっぱ宮崎駿さんは凄いな〜。
こないだ『カンブリア宮殿』で芸術家の
村上隆さんが「風の谷のナウシカ」を観て
漫画家になることを諦めたと言っていたけど、
そのくらい影響力のあるアニメを小さい頃から
金曜ロードショーやなんやで当たり前のように
観ることができたなんてラッキーな世代やなって
思った。

さてさて、今日は日本アカデミー賞の日。
大好きな蒼井優が出る。楽しみっ!


...

昇華 - 2007年02月15日(木)

ある人に対して、そろそろ堪忍袋の緒が
切れそうなほど腹が立っていて、
今日はずっとイライラしており、
家に帰ってきてから大爆発していました。
その人に殴りかかってしまったら
どうしようと心配するほどに、ってかむしろ
今から一緒にこれから一緒に殴りにゆこうか!
ヤーヤーヤーってくらいの興奮ぶりでした。

で、ぎゃーぎゃー言ってるのを旦那坊主に
聞いてもらっているうちに、いつしか最近の
自分のテーマみたいな深い深い話を小一時間ほど
話し込んでおり、気が付けば「分かり合えた」
みたいなキラキラした気持ちになっていたのでした。
こんなみみっちぃことに腹立てるなんて
アタイもちっちぇえ女だなぁ。
と、心は江戸っ子でした。

こういう、ふと「満たされた」って感じる
瞬間って悟りに近い感覚なのでしょうか?
違うかな?
なんにしても、そういう感覚って
持続しないのですよ、私。
だから、いいなとも思うのですが。



...

いいわけ - 2007年02月02日(金)

今日、レストランのバイト仲間との話の流れで、
私が前の職場(バイト)でおっさんをいじめた話をした。
正確に言うと、私が辞めることになって欠員補充で
新しく入ったおっさんに引継ぎを行う際、
とてもスパルタだったということ。
そりゃあもう自分でもびっくりするほど恐かったよ私。

いやでもね、最初からキツく接するつもりは
なかったのですよ。
なんなら社会人として節度あるにっこり笑顔で
引き継いでいたのですよ、当初は。
でも、おっさんは「まぁ、こんなもんは適当にすれば
いいですよね(下卑た笑い)」とか
「あぁ、それは私らもやっとったんで分かりますわ
(私らの「ら」って誰のことや!)」とか
ごちゃごちゃ言って具体的な仕事を全然覚えなかった。
教えたことをメモもしないし、メモしても私に
「どこに書きましたっけ?」とか聞くし、
「知らんわっ!!」と私の堪忍袋の緒は切れてしまった。

ある仕事を適当にしていいかどうかは、
その仕事に慣れてから考えればいい。
慣れる前に適当にするのは「できていない」のと
一緒だ。と、思う。
「できない」のが腹立つんじゃない。
「やろうとしてない」のが腹立つんだ。

私はある程度個人の考え方を大切にしたい方だけど、
迷惑をかけられるのは嫌いだ。
おっさんがいっこうに仕事を覚えないのは、
私がちゃんと仕事を教えてないみたいで迷惑だった。
で、気が付いてみれば般若の顔をした私がおったとさ。

んで、何が言いたいかというと、
やっぱり世の中から「いじめ」を失くすのは無理だよ
ってこと、あ、違った。自分で「いじめた」って
言ってたけどこれは「いじめ」じゃないよ。ってこと。
仮におっさんが年下だったらこんなに怒りはしなかった。
おっさんは48歳やったからね、時給分の働きを
しなければいけないことくらい知ってたはずだ。
それに、おっさんには全て1対1で話した。
それも精神論は言ってない。具体的なことを
繰り返し伝えた(般若の面でだけど)。

だから、だから?…なんていうか、
自分ではいじめてないって思ってる。
こういう身勝手な考え方が「いじめ」を生むのかもなぁ
と思いつつも。
だから、タイトルが『いいわけ』です。



そのバイトを辞める日、おっさんは私に
菓子折り(ゴーフル)をプレゼントしてくれ、
「こんなに真剣に人から教えてもらったのは
初めてでした。ありがとうございました。」
と言ってくれた。
泣きそうになった。大嫌いだったのに。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

 Home