日記ふう雑感 ひとりごと
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母校の公式サイトによれば、 今年の学園祭は学長の羽入先生、人気漫画家の柴門ふみさんと 今や売れっ子エッセイストの土屋先生とのシンポジウムがあるという。 参加希望者多数を見込んでか、整理券が配られるのだそうで。 私にとっては参加者の錚々たる顔ぶれがというより、 整理券つきの"シンポジウム"という言い方が、 何かとーい世界の話のように思わせる。
私には在学当時から「美しい音の祭」はとおい世界だった。 やっぱり今年も変わらないなぁと反省気味に再認識するが、 物事に対する自分の感覚は素直に受け止めようと考えるようになっただけ、成長したとは思っている。
素直な感情とはこうだ。 ひと言で言うと、変な感じ。 ひと言以上で言うと、 企画した人や見に行く大方の人達は、ただ興味深いと思うのだろうけれど、 大勢の前で何かを語る人たちが、何十年か前、先輩であり仲間であり先生であったまさにその人たちだから、 ましてや皆哲学に関連している人たちだから 自分の学生時代と重なると同時に今の自分とも重なって、 自分にとっては結構大事だと思っている部分が、 すごく縁遠い場所で一人歩きしているような、 そんな感じ。
「哲学」や「シンポジウム」をマツリ風にするのはどうかなぁというのが本音だが、、 三者三様に実力のある方達だから、 聴衆をうまく本筋に引き入れてくれるのだろう。
要するに学園祭とは学生のマツリなのだ。 だから昨今卒業生を対象にしたホームカミングデイなるものが盛んなのだろう。 どちらもやっぱり私には近寄り難い。 時代の流れと共に若い人はどんどん若くなる、 古い人は振り返らずどんどん先へ行く。・・・・。
今回の企画は、お茶らけて言うならば、雑談ならよかった、、、。
今日のNHKクローズアップ現代「“食”がいのちを救う」に三浦俊彦先生が出ていました。
>>>崩壊する日本人の食。若者たちの主食はスナック菓子。サプリメントだけで栄養を補う人も珍しくない。食といのちを見つめ続ける料理研究家・辰巳芳子さんと共に考えていく。<<<
のだそうで、 三浦先生はもちろんサプリメントのコーナーで。
食べる事は生きる事に直結し、すなわち人にとっては生きる意志にも繋がると私などは単純に思う。 番組で若者が 「食べる事がめんどくさい、だからお菓子やパンでとりあえずお腹を満たす・・・」と言っていた。 食べる事がめんどくさくなるほど猛烈に生きているってことなら、それもありなのかなぁ。 未来の人間の食事は宇宙食のような栄養補給を摂る事に取って代わるとはよく聞く話だ。 私にとっては、食べる事がめんどくさいとかどうでもいいと思うのは、 概して何もかもがめんどくさく意欲の湧かないとかどうでもいいと思うような時なので、 ああいう若者はやはり別世界に生きている人のように感じる。 頭の固い古い人間ということなのかなぁ。
加えて、食べる事もそうだが、食事を作るという行為がめんどくさく感じるのも要注意だ。 こういう時は集中力に欠ける、考えがまとまらない、不安があるなど何か引っかかりがある時だ。 まだまだ修行が足りないということかぁ。
料理研究家である辰巳芳子氏は言うまでもなく、 スナック菓子中心の若者の食事に警戒感を唱える派で、 私より古い方とお見受けしたが、その言葉には重みがあった。
未来に必要なのは手間をかけた食事なのか、より簡単な栄養補給なのか。
今日は休みだった。 職場の、、えー、、、建設、、、いや、設立?記念日、、とか? よくわからないけど、休みというお触れなので休ませてもらった。 仕事は休みだったが、気分的に休めたかどうかは定かでない。
ただ、月曜日が休みだと、前日の日曜日はすごく中身の濃い休日を過ごせることは事実だ。 月曜日が普通の月曜日だと、日曜の後半は、そろそろ翌日モードに入ろうなどという律儀な自分が顔出し、 いかんいかん休みは有意義になどと考えたりと、 無駄な事に時間を費やしてしまう。 少なくとも夕方くらいからは休日的濃度は多少薄くなる。
と言うことは月曜日も火曜日も休みだと月曜日は中身の濃い休日になるのだろう。 更に水曜日も休みなら・・・。 そうか、中身の濃い休日を送るには毎日が休日でなければならない。 いやいや、休日というのは働く日があるから成立するのであって、、、。
ふむっ、中途半端に家事をし、ちょっとだけ読書をし、 休日について色々と考えた有意義な休日だった、、+;;+むふっ。
秋晴れの天気なら散歩などもできて少しはましな一日だったに違いない。
遼君もマー君も若干18歳と20歳の若者だが、 まず、自分で自分の食い扶持を稼ぐ。 つまり確実な社会性が基本。 で、全力を出し切って、勝って、尚且つ謙虚。 しかもそのレベルはもはや日本という国の内に留まらない。 女の子では・・プロでやはりゴルフくらいか、 スポーツ以外の分野にいるかも。
実力の為す業だろうが、新しい時代の日本人のカタチかもしれない。 同世代に大いに影響を与えてくれればいいと思う。 スポーツは万人にわかりやすいから目立つが、 他の分野でもこういう若者は増えているのではないか(期待を込めて)。 彼らが充分に大人になった時、どういう大人になっているか、 どういう日本になっているか、大いに楽しみだ。
「力を出し切る」「勝に拘る」「謙虚」、 これは今までの日本の若い世代が避けて通って来た3大要素だった。 そして、何を隠そう、こういう方向を作ったのは、 学生闘争時代を逆方向に受け継いだ我々三無主義の世代だ。 私達の世代で日本を越えるような実力で目立っていた人と言えば、 ・・前後の世代は何人か挙げられるが・・・ ちょっと、すぐには浮かんでこない。
ガンガン立ち向かっていく人間に惹かれる気持ちは本能的なものだろう、ウソはつけない。 だからウソを付け切れなかった三無主義時代の一握りが、 彼らのような若者を育てる糸を繋いできたのだ。
一定のルールを守って、全力で戦うことができる、、、 全力だからこそ勝敗への拘りとか謙虚とかが派生してくる。 素な謙虚さは実力の証。 使い古された表現だが、遼君やマー君という証は超新鮮だ。
スポーツに限らず人の在り方の基本を彼らは惜しげもなく披露してくれている。
(以下、昨日の夜はリアルだった日記。)
楽天―日ハム戦、テレビで中継をやっていない、 ・・・くはない、NHKハイビジョンでやっているらしいが、 我が家では見ることができない。 セリーグはどちらかというとどっちでもいいので、 ヤフーのプロ野球速報を見ている。 応援の音は無いが、手に汗握る攻防だ。 お、山崎打った。
>>>>>>>>>>>>>> 遼くんの今日のスコアーもきっちりチェックしたし。 後はレッズがビシッとしてくれれば・・・・。<<<<<<<<<<
なんつってる間にセギノールゥ・・・・ゥ。
****************** 今週末もスポーツ中継三昧になるんだろうなぁ、わたし。 自分が運動しなけりゃいかんのに、、。
こうなってくると、気分転換のスポーツ観戦というより、 スポーツ中心の週末、気分転換で家事をすることになりそうだ。 あ、私の家事は人さまのレベルから言えばいつでも気分転換程度だが。 *************
ひぇ、ツーアウト、ツーストライク。。。 9回だよ、粘れ、粘れ、草野。
あああぁぁ、空振りかぁぁぁ。 終わったーーー。
明日はマー君だと思うが・・。
ふー、寝るまでに何かで気分転換しよっと。
(以上。 で、今日はマー君先発。)
| 2009年10月22日(木) |
インターホン付け替え |
マンションのインターホンが新しくなりました。 鍵は以前のまま、エントランスからの操作は変わりませんが、 室内からは呼び出し口の映像が見えるようになりました。
安全と防犯。 不信人物、いや違うな、不審人物はこれで記憶される。 鍵を持って出かけるのを忘れた回数も記憶される。
| 2009年10月21日(水) |
お酒とつまみのうま〜い関係 |
職場の厚生課から「あなたの健康状態を深く、わかりやすく説明するインターネットサイト」の通知が来た。 IDもパスワードも送られて来たので、ログインしてみた。
7月に受けた健康診断の結果がデータとなっていて、 ああだ、こうだと判定が乗っていた。
健康リスク評価はA。問題なし。 そしてアドバイス。 食事については問題ないが、運動をもうちょっとしましょう。 飲酒量も現在は問題ないが、おつまみの食べ方に気をつけましょう。
運動不足。これは納得。意識して運動せにゃなぁ。。
ちょっと驚きはこの”おつまみ”の食べ方へのおせっかいだ。 問診では一週間に飲むお酒の回数だとか量だとかを書き入れたと思うが、 この情報と検査結果でこういう事を"見抜ける"ものなのか。
「あなたの場合、おつまみに気をつけてみてはいかがでしょうか? お酒を飲むと味の濃いものが欲しくなり、ついつい油ものや塩辛いものばかりに手をだしがちです。おつまみに手を出す時は一度考えてから手をだす癖をつけましょう。それだけでだいぶ違いますよ。」ですと。
私はお酒が好きというより、食事と一緒にお酒を飲むのが大好きなので、おつまみが無いと飲めないクチだ。 で、年とともにおつまみへのこだわりは増し、身体によくないもんも結構食べちゃってるなぁ・・・・・、・・・と思っていたまさにヤサキだったのだ。 誰にだかわからないが、、、み、見抜かれている! 身体は本人より正直なようだ。
だけど、上のコメント、酒を飲むためのコメント・・みたいではないかぃ。 身体に良くて且つおつまみを美味しくたくさん食べられるようなアドバイスください。。。
| 2009年10月20日(火) |
帰っていったヨッパライ |
元ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦さんが亡くなりました。 自殺だそうです。
「帰って来たヨッパライ」がヒットしたのが1965年だそうだから、 兄が買ってきたレコードを一緒に何回も聴いていたのはもう40年以上も前になるわけだ。 グループが解散したのは1968年。 ついこの間のことのようだ。
あのレコードは子ども心に衝撃的だった。 こういうこともできるのかぁ、という思い。 何か変わったこと、今までに見たことや聴いた事のないものの面白さを成長のど真ん中で体験した。
その後、通り一遍を嫌い続けて今に至る。。。
| 2009年10月19日(月) |
いいとこ取りの気分転換 |
土曜日は昼間マー君の豪腕ぶりを見てほくそえみ、 夕方遼君の猛追ゴルフ3日目を見てわくわくし、 夜真央ちゃんの緊張の演技を見てうーんとうなり、
日曜日昼間再び遼君のゴルフ最終日を見て固まったり、 手を叩いたり、感心したりさせられて、本当にすごい18歳だと思い、 藍ちゃんのプレーオフを見てあっぱれアメリカでも頑張れと思い、 夜は織田君のスケートを見てやっぱり君はオールバックじゃない方がいい、 チャップリンはぴったりだなどと自己中に分析し、 真央ちゃんのフリー演技を見てもう19歳かぁと思ったり、 その品と強さと美しさは度合いを増していくところに価値がある・この次がんばれなどと勝手な評価をし、
で、スポーツ三昧の休日だった。 見るほうの三昧だが。
私にとっては家のテレビでスポーツを見るに優ル気分転換法はない。 われながら本当に単純だと思う。 何と簡単でお金のかからないことだ。
実際を見れればもっといいが、その場合は試合以外のことが気になるし、 気持ちが高ぶるし、気分転換とはチト違う。
家でスポーツの試合(特にプロの)を見るのは、 自分勝手風、いいとこ取りの、省エネストレス解消法である。
金曜日、長女と待ち合わせて池袋で夕食を食べた。 というより、ご馳走になった。 彼女推奨の沖縄料理の店。 http://www.create-restaurants.co.jp/shop/00138 夫君と何度か来ていると言う。
ミミガーとか海ぶどうとか青パパイヤ、じーまみ豆腐とか 私にとっては珍しいものばかりで、 美味しいし面白いしでビールも違和感なくナンボでも入るし、 積もるハナシもいっぱいあって、 気がついたら、ラストオーダーだった。
夫君も後半合流し、 久しぶりに「わいわいと食事したー」の気分だった。 「わいわいと皆で食事をする」は私と娘たちの永遠のテーマで、 できる限り、本物のこれを追求していきたいというのが私たちの合意である。 何のこたーない、 美味しいものを皆で楽しく食べよーつうことだ。 何のこたーないのだが、意外とこれ大事なことで、 これができない時はそれぞれへの注意を要するという信号ともなる。
で、娘夫婦、結婚する前とぜんぜん変わらず、 夫婦というより依然友達同士の雰囲気のままだ。 夫君のおおらかで素直な性格がそうさせるのだろうなぁ。 、 夫君の仕事はかなーりハードのはずだから、 新しい生活に慣れるだけでも2人ともそれぞれに大変だろうに、 無理なくのびのびとしていて、 安心、安心。 そして、ありがたい、ありがたい。 これからも"このままで"宜しく頼みますぞ、、、、。
何よりもご馳走様でした。
テーマ遂行に余念がない金曜日の夜でありました。
| 2009年10月15日(木) |
道具と大脳皮質のハナシ |
言葉や道具を使うなどの人の知的行為には大脳皮質が関わっている・・らしい。 生物の進化の過程で、脳は各部位がそれぞれ膨張し、 特に人間は大脳皮質が膨張して高度な知能を持つようになった・・・と言われているらしい。
最近、脳科学の分野では、 「ニホンザルに道具(熊手)を使って餌を取る訓練を施し、関連する大脳皮質の信号強度が増す事を観測した。」そうである。 「道具の使用が人に至る脳の進化を促したとする説を実際に目で見て納得する日が来る・・ことへの、第一歩か?!!」だそうである。
信号強度が増すという表現が素人にはわかりづらいが、 それはその脳の部位が膨張する事を示すのだと言う。 そしてこれは人の進化の中で大きくなった脳の部分に対応するのだと言う。 つまり人の進化を実験的に再現できたことになるのだそうだ。
*********ぼんやりと考えてみる。 進化を?実験的に?再現? ちと不気味な気がする。 我々は進化を再現できるほど進化の外側に立っているのだろうか。 現代人は既にたくさんの道具を使って生活している。 そして道具を駆使しているという実感があまり無い。 サルが熊手を使ってりんごを手繰り寄せようとするくらい画期的な道具の使い方って、 現代人にとってはどんな事だろうと考えても、容易に答えが出てこない。 ひょっとしたら、脳の信号強度を解析するためにMRIを使うとか、こいうことが答えなのかなぁ。**************
******************で、実際に身の回りを見てみる。 やっぱり何かのための物という物ばかりである。 ノートや時計、電気とかティッシュペーパーとか、掃除機とかガスレンジとか。 水道や机や、めがねも携帯電話も、このパソコンもそうである。 本もそうかな。
もっぱらそれ自身のためにそこにあるものは道具ではないだろう。 リビングに飾ってあるモジリアーニのレプリカとか、 娘が横浜の中華街で買ってきた、鉄でできた豚の置物とか。。。 (あの豚はいつも私にお尻を向けている。) 本はこっちにはいるのか?
どっちにしても、 こういうものも人の心を癒すための道具ということになるのだろうか。 言葉や文字はある種の道具だろう。 口述から書き言葉への変化は進化なのだろうか。
**************最初に戻って、 そうか、この大脳皮質のハナシは「人に至る脳の進化」がテーマだから、 いいのだ進化の外に立ってても。
私が気になっていたのは「人の進化」だった。 人はどこかに「至る」道の上にいるのだろうか。
(所内にての一コマ。)
外部から人が尋ねて来た。
訪問の人「○□先生のお部屋はこちらですか?」
私 「いえ、そういう方はいらっしゃいませんが。」
訪問の人「えっ、おかしいなぁ。7895号室と聞いて来たのですが。」
私 「ここは895です。それに、この建物の部屋番は皆3桁で、 4桁の番号は無いはずです。」・・・・(ゾー!)
訪問の人「そうですか、、○□先生なんですが・・」(入り口の番号札を確認しながら) 「そうですよねぇ。。。3桁ですよねぇ。。。・・失礼致しました。」
訪問の人達が帰ろうとしているので、一応部屋番号簿を調べてみる。 ○□先生は確かにこの建物のこの階にいらっしゃる。 部屋番号は789である。
私 「うちは895なので、789ですともっと奥の方だと思います。 ・・・789、789号室・・ですよね・」
訪問の人「789、、ですかぁ。78、、89、、。」 はっと気がついてお連れに向かって曰く。 「789号室かぁ!”ご”じゃなくて”ごう”だよ”ごう”。!」
で、私に向かって曰く、 「いやぁ、電話で聞いたんで、、、はははぁぁ、5と号 (文字にしたらこういう事を言いたかったのだと思う)を勘違いしました。 ははは。。。いやぁ、ありがとうございました。ははは。」
照れ隠しか、ほっとしたのか、盛んに笑いながら去っていった。
はぁ、7895室ねぇ。789号室・・。なるほろ・・。 耳から入る言葉でも遊べそうだ。
だからどうという事ではないのだが、 こんなような息抜きもあった一日でした、とさ。
| 2009年10月11日(日) |
プレジデンツカップ2009 |
オバサン(私という固有名詞と同格)を唸らす埼玉県出身のイケメン、青年の部。 藤原竜也と石川遼。
一日中ゴルフ・プレジデンツカップ2009のテレビ生中継を見て過ごす。
石川遼の魅力は「最後までゲームを諦めないところ」にあるが、 特に感動するのは、 負けゲームをしているのに冷静で、 冷静なのにモチベーションを下げずに動けるところ。 その時々の自分の持つ力の容量を見極め得ていて、 それを最大限に使おうとしているところ。 そして最大限に使えてしまうところ。
素直に冷静に目いっぱい自分を信頼している姿。 人の本来とか原点を見るような気がする。
ま、イケメンだからという取っ掛かりも、世間も私も間違ってはいないと思う。 プロだからそういう言われ方もよしなのだ。。。
いやー、さして動いてもいないのに、今日一日たくさん歩いて、存分に戦った気分になった。
大雨の中いつもの時間に家を出た。 外に出て傘を差した途端に骨が一本折れた、傘の。 その途端に腹が据わった。 コンビニで400円で買った傘だったことが災した、いや、幸いだった。 どーせ台風だ、濡れるし、髪は逆立つし、化粧は落ちるし・・ふふん。
強風と雨にもがきながら駅に着き、最寄り駅8時の電車に乗る。 車内のアナウンスによると、北関東から都内に向かう電車は高崎線上野行き以外一切ストップしているらしい。 しかも山手線も動いていない。 ・・・、ツウことは、いくら頭を働かせても、これに乗って上野に行くしかない。そして地下鉄に乗るしかない・・。
車内で握り飯の米粒のようになりながら、いつもの倍の時間かかって上野に着いた。 何のこたぁない、上野の空は台風がウソのように青く晴れ渡っていた。
人の流れに任せて歩いたら、自然に地下鉄の改札口に出た。、 ―そりゃそうだ、JRは通勤客全てをとりあえず上野に押し出してんだから― ―押し出された人間は皆同じ事を考える―。
で、上野発の地下鉄は止めた。これ以上の米粒状態はいやだ、さすがに。 上野御徒町駅から別の地下鉄に乗って、飯田橋に出て、乗り換えて、職場所在地もより駅に行こう・・・・ などと考えながら、「あんみつのみはし」の前を通り過ぎる。 通り過ぎながら、考えた。
私の勤め先は東京に近いとは言え、同じ県内である。 なのになぜ私は今ここを歩いているのだ? しかもこんなに晴れてるのに、 何で私は台風のせいでこんなに時間をロスしているのだ? 腹立たしいわけでもなく、焦るでもなく、 とにかく職場にいかにゃぁ・・・だけのために、ただ習慣のように歩いている。 この社会性というか、"歯車の一部的"根性はどうやって身に付いたのだろうか。
などなど思いながら電車に揺られ(いつもより揺れているのは強風のせいである)、 職場の最寄駅に着いた。 家を出てから既に3時間半以上経過している。 この間の電車代はもちろんただである。 振り替え乗車OK駅を通って来たわけだから、 これだけ大回りしても、正規の定期該当ルートということになるのだろう。
で、家を出てから職場のドアを開けるまで4時間かかった。 ・ ・ ・ ・ 帰りもまだ強風によるダイヤの乱れとかで、2時間かかって家にたどり着いた。 しかも握り飯の米粒どころの混雑ではない。 半分潰れたおはぎのもち米になったような車内だった。
往復6時間を費やして移動し、5時間ほど仕事をして来た。
家に戻ったらサッカーの試合が始まっていた。 ビールを飲みながら余裕の勝ち試合を見て、お風呂に入って、、、、 一日が終わった。
記録的な大型台風が日本を縦断とかのニュースで始まった一日だったが、 なんだかえらく落ち着いて平坦な日だった。
・・・疲れすぎているのかもしれない。怒る気にもならない。
楽天マー君は今日ではなく5日に先発だそうだ。 あまり野球は見ないのだが、若い選手が活躍すると注目したくなる。 活躍をきっかけに、山あり谷ありと変化していく様子を見るのが好きだ。 若い人は変化する時間をたくさん持っている。 つまりエネルギーをたくさん持っている。
そういう姿を見ると、私の細々としたエネルギーが、 自分のことのようにうまく勘違いをしてくれるのだ。
と、他にも活躍中の若いスポーツ選手が大勢いる中、 何で楽天のマー君かというと、 実は彼、長女の連れ合い殿に似ているのだ。 顔もそうだが、体つきもしかり、雰囲気はばっちりだ。 本人もよくそう言われるという。
長女は自他共に認める"いのししねーさん"なので、 親が言うのも難だが、お似合いのカップルだ。
何はともあれ、私としてはガス欠にならないように歩いて行くしかない。
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