日記ふう雑感 ひとりごと
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| 2009年09月27日(日) |
夫婦間で別の姓を選べる制度 |
何年も前、この制度導入の運動をしていた先輩方が、 自民党につぶされたと言って悔しがって、。、、、 というより肩を落としていた姿を思い出した。 確かその時自民党のオジサン達が掲げた理由が 「家族がばらばらになる」だった。 この一言で廃案になった。 某先輩は、「あの人たちはよっぽど家の中に居場所がないんだと思う・・」と言っていた。 さびしい政治家達であった。
新しい政権ではこの制度導入の方向で進んでいるらしい。 素朴な疑問1:既に結婚している夫婦には選択の自由はないのか。 その次の疑問2:この制度が導入されたとして、ひょっとしてまた自民党政権になったら後戻りするのか。
結婚とか家族とか。。。もっともっと明るみに出すべきである。
| 2009年09月24日(木) |
〜市付近の道路事情+α |
最寄り駅から職場まで、私の短い早足で歩いて15分はかかる。 若い人たちの長いゆっくり足でも15分かかるだろう。 小学校や住宅街を抜ける近道があるのだが、 危険云々とかで、指定された道を通るようにとのお触れが出た。
真面目な私は、早速今日から指定順路を通勤する事とした。 つまり、お触れが出なければ、 残念ながら私の真面目さは発揮されなかった事になる。
いわゆるバス道路に沿った、この町のメインロードと言うことになるのだろう比較的人通りと店数の多い道をひたすら歩き、 待ち時間の長い横断歩道を渡り、 進む方向とは真逆の方向に降り階段のついた陸橋を渡り、 またひたすら歩き、 モ一回、渡りきるまでの距離の長い且つ青表示の時間が短い横断歩道を走るように渡り、 やっと門へと続く道に出る。
寒い冬でも充分身体の温まる通勤ができそうだ。
熱い汗を拭きながら門を入り、IDカードで建物のドアをオープンし、 、、、ま、まてよ!! 今度は冷や汗が出た。 部屋のカギを忘れてる!!!絶対持っていない。 昨日の晩、バックの中身をいつものヤツとちがうのに入れ変えたのだ。 しかも何の意味もなく。 確信を持って言える、カギは”あっちのバックには入っている”。
うー、今日はT先生も他のメンバーも出張でいないし・・・・・。
・・・・・、うろうろと部屋の前をさまよった挙句、 総務の担当者に合鍵で開けて貰うことにした。 更に汗をかきかき平に謝り、ドアを開けてもらった。
自分の椅子に座ったら、ほっとしてまた汗が出た。
今日は仕事場までの距離がホント遠かった。
数年前、、、確か、「未来」というような題だったと思うが、 (題はよく覚えていない。) 乾漆の作品を見て、いたく感動したことがある。 不思議に秋口になると必ず思い出す。 以前もこのことは書いたが、思い出している"今"として、もう一度書いてみる。
作者はアンネ・フランクや「黙示」(マザー・テレサ)の像の作家として有名だ。
なぜ題が思い出せないかと言うと、 私が見たのは老婆の像だったからだ。 その老婆があまりに印象深かったからだ。 一緒に行った娘はこれは本人の未来の姿だと思うと言ったような気がしたが、 私にはどうしても年老いた母の像に見えた。
他の作家の方の作品も見、落ち着いた時間を過ごし、 美術作品を見た時の、よくある一般的な心持ちのつもりであった。 ところが、家に帰ってからも、あの老婆の像が目に焼きついて離れない。 益々鮮明に、小さくうずくまった丸い姿が浮かんでくる。 知らず知らずに涙がボロボロと出た。 悲しいわけではなく、切ないわけでもなく、、 声も出ず、ただただ涙だけが出た。
氏はそれからもいくつか作品を発表されていると思う。 それらは冊子やウェブの中で写真として見ることができるはずだが、 あの老婆の像だけはどこにも見当たらない。
見当たらないから思い出すことになる。 必ず秋口になると思い出す。
友達の結婚式に参加したとかで、次女が帰って来た。 土曜日の夜遅くに来て、昼間で眠り、昼食を食べて東京に戻っていった。
彼女は時々忘れた頃に帰って来る。 帰って来る理由の第一が、同級会、同窓会に出席するため。 第二が友達の結婚式に出るため。 第三・・以下なし。
日曜日も仕事が入ったと言ってソソクサと戻って行ったが、 元気で何よりである。 そして、友達・仲間が多くて何よりである。 親にとっては最大のエネルギー源だ。
体型も表情も昔と変わらない、帰って来る度にこの子は小さい頃のままだなぁと思う。 が、戻っていく後姿、妙にパンプスが似合っていた。
| 2009年09月12日(土) |
IDカードでご飯を食べる |
平日昼間は首からIDカードを提げてすごしている。 これで毎日お昼のご飯を食べている。
と言ってもスプーン代わりに使っているわけではない。 これにお金をチャージしてレジを通らなければ、 セルフサービスで手に取った食べ物を席に持ち込むことができないのだ。 席につけないと食べる事ができない。 立って食べても良いが、行儀が悪い。 無銭飲食にもなるので、そういうことは私としてはできない。 あの食堂を利用する全ての人がそうだと思う。
チャージしたお金は足りなくなると給料から差し引かれる。 気分の問題だが、 ササヤカな額の給与明細の控除欄には無駄な記載がされるのをできるだけ避けたいので、 残高に気をつけてレジに並ぶことにしている。 昨日の残高は60円だった。
ところで、このカードは各研究棟の入館キーも兼ねている。 このところ騒がれている某件により、 平日でもカードがなければ建物に入れない事となった。
益々首から提げたカードが重くなる。
“嫁”は私の苦手とする言葉である。 少し古い言い回しだが、 「嫁に行きました。」の文章に一人称は不自然だ。 「私は嫁に行きます。」の過去形は 「私は嫁に来ました。」?。
「私は嫁に行きます。」に代わる一般的な表現に 「私は結婚します。」がある。この過去形 「私は結婚しました。」は極自然のように思う。
「私は嫁に行きました。」が不自然なのは、 英語のhave goneのニュアンスが見え隠れするからだ。個人的見解だが。 “嫁”が古びた言葉であることはもちろんだが、加えて、 私を語るもう一人の自分がいなければならいし、継続性が感じられない。 そんな不真面目な嫁はいらんと旧民法時代の人の声が聞こえてきそうである。
一転、主語を変えてみる。 「娘が嫁に行きました。」は私の世代ではまだよく使う言い方だ。 これが自然に思えるのはそこに娘と親のふたりがいるからだ。 で、親しい人に伝えるに「娘が結婚した。」ではなく 「娘が嫁に行った。」の方が口を付いて出るのは、 より親としての情を吐露したいから、、、、だろう。 ただただ娘の後姿を見守る言葉である。 親の本音をうまく表し全てを覆い隠す言葉である。
自分の苦手とする言葉を身近な人に使う時は、腹が据わった状態の時だ。 でなければ、そんな事を考える余裕が全くないかである。
ところで、さっき、うちの娘が、選んだ人と新たな戸籍を作りそこの構成員となりました。
、、、、、、あっぱれ・・、。。
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