日記ふう雑感 ひとりごと
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2002年07月21日(日) ジャズ・ライブ

先日、
大学時代にお世話になった先生のジャズ・ライブを聴きに行った。
大学当時は、ジャズはもちろん
自ら楽器を演奏されるなどということさえ知る由もなく、
はじめて話をお聞きしたときは少なからず驚いた。
さらに驚いたことは演奏のみならず、
作曲もされているというこという事実であった。
パワフルな曲と演奏にすっかり聞き入り見入ってしまい、
演奏しているピアニストは自分の恩師であるということさえ
いつの間にか忘れてしまっていたほどである。
ジャズはクセになるというが、本当だ。
「先生の演奏」だからではなく、
「あの演奏」を是非もう一度聞きたいと思った。

ピアノはわたしも子供の頃習っていたことがある。
当時はかなり本気で練習をしていた。
中学生になってあるきっかけで自分の力を思い知らされてから
その情熱も冷めたが、
それでも高校時代までは何かと関わりを持っていた。
そしてある日突然、曲とも雑音ともつかぬ「弾き」を発見し、
のめりこんで抜け出せたくなったことを覚えている。
恩師の演奏を見てあの感覚を思い出した。

絵もそうだが、いわゆる現代の芸術に関しては、
形式を抜け出すことに価値があるとか、
自分を忘れる中から芸術が生まれるなどといったコメントを
聞いたり読んだりすることがある。
実はわたしもそう思っていた時期がある。
しかし最近、他人と共有する空間を使って何かを表現する以上、
見る人或いは聞く人にも何かを感じてもらえるものでなければ
ならないのではないかと思うようになった。

描く方或いは演奏する方ものめり込んでいるのだろうが、
同じようにそれを観る或いは聞いている人も
何かプラスの感情を共感できる表現。
そういう表現に不思議と多くの人が同じ感覚を持つものだ。
たった一つの絵なり音楽なりからこのプラスの感情
―中身はもちろん個人々で違うものだが―、
気持ちをマイナスにしない何かを自分は認めたと
如何に多くの人が言い得るかで、
その絵や音楽がいいものかどうかの評価がされるように思われる。
私個人的には、
多くの人が認めるか否かで良し悪しが決まるとは思わないが、
少なくとも同じ感情を持っている人が
他にもいることを知ることは嬉しいことだ。
それを共感とか感動とか呼ぶのかもしれない。

回りくどい言い方になってしまったが、
恩師の演奏を聞いてこのようなことを思った次第である。
のめり込んで演奏することが多いというジャスの演奏だが、
我を忘れているようでいて決して他を無視ししてはいない。
そこに共感が生まれるのだろう。

良い思いをした一日だった。


2002年07月17日(水) あ・うんの呼吸

たまたまある知人から「男性はあ・うんの呼吸と言うか、言わずにわかるを美徳にしているところがあるけれども、これについてどう思いますか?」という問いを頂いた。なぜこのような問いを頂いたか。おそらく私の「言わなきゃわからん」主義を知って下さっているからであろう。私の核心部分をよく突いていらっしゃる。嬉しいことだ。
というわけで今回はこのテーマをお借りすることにした。

「言わずにわかるは男の美徳」と言うのはよく聞く言葉だ。
良いとか悪いとかではなく、そういうものだという世代として私も育ってきた。
しかし待てよ、なにかヘンだ。言うのは誰だ?そしてわかるのは誰だ?
なぜ男の美徳なのだ?
何でも疑問符にしてよい昨今。こんな風に考えてみた。


まず、「言わずにわかる」は少し不自然な日本語だが、前に「お互いに」をつけるとわかりやすいと思う。「お互い多くを語らずとも理解しあえるのが男の美徳」ということであろう。

ということになると、この言葉は男性同士でしか使えないことになるのだろうか。
とてもそうは思えない。
逆に男性が女性に対して使う頻度のほうがはるかに多いのではないだろうか。
にもかかわらず、相手が女性の場合、男の美徳と付く限りこの言葉はかなり一方通行だ。
女性の意思は無視して「とにかく男はそう思っているのだ」とでも言っているように取れなくもない。
さらにまずいことに、多くを語ってお互いを理解するのが最善の意思疎通の方法だと思っている女性が意外にも多いのだ。
こういう場合、男の美徳はどこへ行くのだろうか。
後戻りだろうか、そのままひたすら突っ走るのだろうか。

相手が女性の場合には「言わずともわかってもらいたい男の甘え」という言葉が当てはまりそうで、返って孤独な男性像が浮かんでくる。
私は特別女性を弁護しているわけではない。
お互いにわかってもらいたいと思うのは男も女も同じことだ。
その方法にちょっとしたずれが生じることは大いにあるということである。


(ということで以下で「お互い」という場合、性別の区別はないと思っていただきたい。)

さて、「あ・うんの呼吸」「以心伝心」とはもちろんお互いに相手のことを理解している状態にあることを言う。しかし双方が本当にそう思える状態とはかなり稀なのではないだろうか。そして、これに至るまでにはやはり「語る」ことは必要不可欠だろう。

家族と話をしていて「あ、以心伝心だね」と口にしたくなるほど気持ちが通じたと思うことがあるが、この状態はその場限りで、別の場面では全く行き違いばかりということはよく経験する。つまり、ある人とある人が「あ・うんの呼吸」の関係にあるのではなくて、ある場面が「あ・うんの呼吸」の状態であった、ということなのだ。

お互い理解しあえる間柄というのは人間にとって大事なことだが、それは時間と共に流れていて常に同じではないと私は思っている。他人を時間を超えて理解できるほど人間は完璧ではないとも思う。大切な関係を保ち続けたいのであるならば、常にお互いが変わっていくという事を理解し、それに沿った努力をしていかなければならない。おそらくその努力ができる間柄ならば、少なくとも「お互いに言わなくてもわかる」一歩は踏み出していると思う。


2002年07月09日(火) Body Language

仕事の帰り、いつもの電車に乗り込んだ。目の前に女子高生が横を向いて立っていた。私の頭の中では夕飯のおかず、ワイシャツのアイロン、粗大ごみなの蛍光管などが渦巻いている。・・ふと気がついたら目の前の女子高生がちらちらと私を見ている。私の視線が気になっているようだということに気がついた。さっきから気にしているようで何も気になっていないのは私のほうであるということにようやく気がついた。しっかり彼女の方に顔を向けながら頭の中ではピーマンと納豆がしわしわのワイシャツと仲良く共演している。

 私もよく経験するが、人が顔をこちらに向けていると、自分がじっと見られているという錯覚を起こすことがある。何か視線を感じて(何なのよ!)などと思って振り向くと、その人は顔はこちら向きなのに全然違うところを見つめてたりして、(ありゃ)と思わずひとりで恥ずかしくなるといった経験だ。

多分その女子高生もこれと同じような感覚なのだ。ただ、あまりに私が同じ姿勢でボーッとしているので多少いらいらしはじめているようだ。私としては無駄なエネルギーは使いたくない。視線を足元に落した。まずい!そこには彼女のかばんが置かれていた。女子高生は今度はそのかばんを片足でポンと蹴った。

(おねんさん、
  わたしはあなたにいちゃもんつけてるわけじゃありませんって。)

(んとにもー、
  わかってるけど、おばさんすこしむこうむいてもらえません?!)

(だから、あんたのことみてるんじゃないって。)

(あー、きぶんわるっ)

(いしきしすぎよ)

などと、無言の会話だ。

 降りるべき駅に着いた。女子高生にとっても下車駅だった。彼女のあとから電車を降りながら初めてその後姿をじっくり眺めた。几帳面に整えられたポニーテールにブルーのリボンがきっちりと飾られていた。彼女がエスカレータを上るのを確かめて私は階段を上ることにした。一段落した気分だった。
 
 と思いきや、今度は私と同じくらいの年齢背格好のおばさんが懸命に階段を駆け上がってきて私の横にピッタリとくっついた。私としても乗り継ぎの関係で多少急いではいたが、おばさんと競争をする気は全くない。おばさんは負けまいとするかのように息を荒げて私の真横を離れない。

(おばさん、どうぞおさきに。きょうそうじゃないんだから)

(えっほ、えっほ)

(だから、ならばなくてもいいでしょ)

(えっほ、わたしだってならびたくてならんでるわけじゃないしー、
                         えっほ、えっほ)

(ん、とにもーへんなかんじ)

などと思いながら改札口にたどり着いた。わたしは右におばさんは左にと分かれた。

 次の階段を上りながら、ふとBody Languageという言葉が浮かんだ。
全く見ず知らずの人と会話をした、それも言葉を使わずにだ。
こちらが会話をした気分であったのだからあちらも同じような気持ちになっていたに違いない、なぜかそんな気がした。
これは面白い。Body Language だ。そう思うと今度は楽しくなってきた。

全く同じひとつの事柄なのに、取りようによってはいやな感じにも面白くもなる。
ものごと心の持ち様で好いも悪いもどっちもありだ。
どっちもありなら好くて面白い方がいい。


2002年07月03日(水) 高校の同窓

 私のサイトを見た(無理やり見てもらったといったほうがよいかもしれない)高校の同窓にあたる人から、兄のページを読んでふるさとを懐かしく思い出したと言っていただいた。実は兄も同窓なのだ。そうか、そういう風な見方もあるのかとなんだか嬉しくなった。依然はそうでもなかったのだが、最近は、高校の同窓と聞くとやたらと懐かしいし、嬉しくなる。
 母校の「〜〜だより」で卒業25年目、30年目の同窓会のお知らせ、という記事を読むたびに、おじさん、おばさんたちの集まりだーなどと思っていたが、近頃ではそれが自分の直ぐ上の卒業生の集いであったりする。元来きちんとした同窓会、例えば“○◎ホテル何とかの間に於いてこれこれ年度卒業ん十年記念同窓会”のような華々しい会は苦手だが、気のあった同士少人数ならちょっと集ってみたいなと思うようになった。年をとったという証拠だろう。この、年をとったと思うことさえも抵抗なく受け入れている自分はやはり年をとった。

 10年ほど前娘が母の日に買ってくれた幸福の木が大きくなりすぎたので鉢の植え替えをした。今までの鉢は小さくて、見るからに窮屈そうだったがこれで当分は大丈夫だろう。
 子供も植物もどんどん大きくなる。自分が年をとるのと同じくらい面白いことだ。


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