髭を伸ばすことにした。 髭をたくわえる、という言い方が正しいのかもしれない。 「伸ばす」というのは、放っておけばいくらでも伸びていくわけだから、それはたんなる「無精」になる。あくまで神経をかよわせて髭を伸ばすのだ。
今まで顔面にたくわえたことが無いわけではない。 最初は無頼の学生生活の最後のころ。 アルバイトで大阪・泉北の造成工事に一ヶ月、住み込みでいった時だ。 仲間と後輩とで四人ぐらいのチームを組み、チーム員が入れ替わり立ち替わり現場に三人いる、という「契約」をし、親方と旅館住まいをしながら仕事をした。
チームの所属大学もまちまちで、そのなかに滋賀大学経済学部の後輩がいた。ぼくに髭をのばしたらどうかと進めたのはこの男が最初である。 何故そんなことを勧めたのかもう忘れたけれど、たぶんデスペラートのシンボル云々みたいなことじゃなかったかなあ。 学生のお遊びである。
ぼくも、いつもの生活空間からはずれるわけだし、こんな時でもなければそういうこともやらないかもしれない、ということでおもしろ半分で伸ばし始めたのだ。
一ヶ月後、髭はどうなったか。 若い頃は、髭はなかなか生えてこないし伸びるのも遅い。だけど二週間を過ぎたあたりから何か線が切れたように顔じゅう髭で埋まりはじめた。 くだんの後輩も(この男は小川未明全集を揃えて部屋に持っていたことをいまでも鮮明に覚えている)「なんだかいいですぜ」などとといっていた。
ところが、である。それでなくても身長が190�儷瓩�ある大男が、顔中髭で埋めて現場を闊歩している、というのが元請けの現場担当の気に障ったようなのだ。 近所の人たちが怖がるからとかいって、孫請けのぼくらの親方に剃るようにとクレームをつけてきた。 まあ、所詮遊びですから、といってその日の晩に剃ることにした。
夜、あらためて鏡を覗くと別人の顔があった。一切手入れをせずに、冒頭で書いたような伸ばし放題だったから、野趣溢れる顔つきである。ははーんこんな顔にもなるんだなと半ば感心しながら剃り始めた。 するとかなり密に生えているものだからなかなか剃れない。少しずつ剃っていくと、つまり形を整えることになった。
お、これいいじゃないか、という瞬間がちらりとあった。その頃よく聴いていたザ・バンドのメンバーのようにもちらりと見えた。 まあそんな錯覚は捨ておいて、難儀しながら剃り終えると以前の自分の顔が戻ってきた。
後輩は惜しい、と残念がったが致し方ない。ぼくは髭になんの未練も思いいれもなかったし。
今まで何度か伸ばした中でのこれがいちばんの思い出になっている。 「何度か」と書いたのは歳をとると若い頃のことが嘘のように髭がよく伸びるのである。 イチロー風の髭なら三日もあればすぐに生える。何度か気分を変えたい時に伸ばしたり、剃ったりしてきた。
ここのところはずっと剃り続けてきた。 畏友、文庫本主義者が大の髭嫌い、というのもある。本人に言わせると髭が嫌いなのではなくて、髭を生やしている日本の男のほとんどはなにやら胡散臭く、薄っぺらで、ただの古くさい男性至上主義風に見えてしまうのだそうだ。 だから別に似合っているのならそれでよい、という。(それはほとんど外人になるのだが) そのように言われていたし、伸ばす理由もなかった。
原因は猫である。それも四匹いるうちのキキ。 横になっているとキキが必ずぼくの上に乗り顔を舐めまわすのだ。猫の舌というのは鮫肌のようになっている。だから口まわりが痛くてしょうがない。 キキを幼い時から知っている文庫本主義者に対してもそうで、伸びをして彼女の口の周りをぺろぺろなめる。おかげで彼女の口の周りは細かな傷だらけになってしまったことがある。以来、キキから逃げ回っている。
ぼくは逃げるわけにもしかず、歯を食いしばって痛みに耐えてきたのだけれど、やはり細かい傷だらけになってしまう。で、髭を、ということになったのだ。
もう歳だから「ごましお髭」である。できることならもっと白い方がいいなと思う。だけどそれどころではない。 いつもどおり髭を伸ばすと頭は限りなく短くする。 春を前に気分も変わるだろう。
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