| 2004年11月07日(日) |
平野啓一郎氏を読む。 |
今日は天気予報が言うような晴天に、なかなかならなかった。 たぶん、神戸や大阪や和歌山や奈良は、朝からいい天気だったんだろう。京都の空が晴れだしたのは昼過ぎからだった。 「冬型」がきつかったんだと思う。
百�寮萓犬脇麁�間集中的に読んだのでお休み。「読みあさる」という状態だった。気が済んだというわけではないけれど、とりあえず「読み方やめー」という気になるまで読んでいた。
で、取り出したのは平野啓一郎氏の「滴り落ちる時計たちの波紋」。 この本は手に取ってからずっと、あっちへ飛びこっちへ飛びしながら読んでいる。 ぼくより若い男性の作家で、いちばんよく読んでいるのは結局、彼になる。
そんな熱心な読者じゃなかった。 まず「高瀬川」それから「一月物語」、そして本書、と気がつくといつも横にある本の一つになっていた。
文章は冴え渡っている。きらめくようなフレーズがあり、写し取られる描写の美しさがある。 今読んでいるこの本には詩も収められていて、そのテンションは遥かに高い。
読みだしたきっかけは、彼が京都新聞にコラムを月に一度ぐらいのペースで書いていて、「なじみ」を感じていた、というのもある。 今はパリに在住しているけれど、ずっと京都住まいだったということもあるかもしれない。 パリから戻ったら、京都には住まないで東京に行くかもしれない、とたしか何かに書いておられたけれど。
ま、それはさておき、彼の文学に反応する自分がいた、ということなのだ。 長編「葬送」と芥川賞受賞作「日蝕」は読んでいない。たぶん次に読む。 それからもういちどこの短編集に帰ってきて、本の帯に書かれた彼の言葉を考えてみようと思う。
『この作品集は、僕という作家が一体、何をしようとしているのかを、より具体的に明かしてくれるのではないかと思っています』
現在進行形で彼も今、「何か」を書いているのだろう。そのことを思うだけで刺激がある。ぼくがどうこうというのではなく、その時代をぼくも生きているということだけで、あるんだ。 彼にはそういう力がある。
ただ一つ注釈を。 彼の描く「美しく血が流れる作品」に無邪気になれないのも、またぼくという人間なのだ。そういうふうに気づかせてもくれる作品なのだった。
追伸 U2の新しい曲、気に入ってます。iPodのCMに使われてるやつ。 U2の曲としても、ロックの曲としても久しぶりにいいな、と思いました。 あ、ロックはある程度ヘヴィネスのあるものが好きです。ラウドネスじゃなくてね。これはジェフ・ベックの言葉でもあるんですけど。
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