やはりきました「冬の底」。これだけ温度が下がるのは久しぶりです。 夕方の五時で氷点下3℃。明日の朝は氷点下6℃ぐらいになるそうです。 さっき外猫用の水を見に行ったんですが、見事に凍ってました。入れ替え入れ替え。
昔はこんな寒い日はしょっちゅうで、歯の根が合わないとか震えが止まらない日というのがありました。それに比べるとずーっと暖冬傾向だったんですね。 ちびの頃、父の転勤で長野の松本や北海道の稚内に住んだこともあるので、寒さそのものには驚きません。ただアタマの芯がきーーんとなるようなのは、ほんとに久しぶりです。
犬たち…、ジャンは風上にむけて顔を上げてしばし瞑想状態。彼は寒さが大好き。風も大好き。そうそう今日は風もすごかったです。ハナはきりきり歩いていたけど、ジャンほど寒さに強くはないです。 猫は布団の中から出てこないし、外猫たちは大型の小屋の中でみんなで一つに固まっています。
明後日には緩んでくるでしょう。それにしても今日は私立中学の入試。入試の日には雪が降ったり、とんでもなく寒くなったりします。不思議。
さて、今日考えたこと。本居宣長の次の言葉をどう解釈するか、です。 『姿ハ似セガタク 意ハ似セヤスシ』 普通、逆ですよね。カタチは真似できても中味は難しいぞ、という考え方。 意味が大切でカタチなんかどうでもいい、という考え方が目立ちます。当然のように。 そうじゃないんだ ということでしょう。その「姿」をこそ疑え、ということ。
これはですね、京都造形大助教授 山河 全さんの「アマノジャクのススメ」というコラムに書かれていて、氏のこの指摘自体、小林秀雄の援用なのですが、しばし、黙考。
全ての意味は「姿」にこめられている。
たぶん、これはしっかり理解しないと誤解する考えだと思います。 だから懸命に「姿」にこだわれ、ということでしょう。意味や内容を裏切らない「姿」を。あるいは日本語というのは「姿」に出てしまうからなおのこと。 ぼくはそう理解しました。
山河さんはだから「アマノジャク」という言葉を使われる。注意しなければいけないのはどちらが素直か、ということ。「アマノジャク」=なんでも逆らいたがる性格。ではないとぼくは思うんです。 逆からの発想ですね。同じ「姿」でないと阻害するような傾向はないでしょうか。 おんなじものばかりだとまったくつまんない、ということはないでしょうか。 みすからの「姿」を獲得しなければ、全然面白くないよ、ということは。
簡単に言えばそういうことだとおもうんです。 だから「姿」です。 「姿」とは「言葉の姿」です。
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