生きる。を消費する

2006年06月12日(月) 親が死ぬということ

同居人の父親が亡くなった。
一度も会ったことが無いので私は特に思い入れなどは無いのだが
同居人と父親はとても仲が悪かったのを覚えている。
彼は父親と折り合いが悪くて家を出ているのを聞いたことがあるし
実家に帰るときも父親が不在をみはからって帰宅するのも聞いたことがある。
私の家族はとても仲がいいので、そんな気持ちはあまり理解できないのだが
嫌いな相手が死ぬってどういう気持ちなんだろうか。
その時には死んでしまったししょうがないと思えるのだろうか。
私はそれが理解できないのです。
嫌いなら縁を切ったらいいし、それで気になるなら嫌いじゃないじゃん。
て思うんだけど、典型的な白黒ハッキリさせる性格の私だから
多分こういう考えなんだと思う。友達ですらスッパリ切るもんな、私。

親は腐っても親で、結局死ぬまで見届ける存在なのだと、母は言う。
腐った親でも、みな愛を注いであげることが出来るんだろうかと考える。
私の親は幸にして腐った親ではない。だからわからないけれど
自分と親の間に出来た溝をそのままにしたままで、親が死ぬなんて
気が狂いそうになるんだが、それは私だけなんだろうか。


korekara doushiyo
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