生きる。を消費する
大久保に用事があったので、ついでに15年位前によく遊んでた所を見に行ってみた。そこは学校が終わったらスグ飛んでって、いつもの仲間と学校では味わえない時間を過ごした大切な場所だった。今となっては誰も接点が無いのでどうなったのか全然解らないけど、でも今でも時々思い出す。
このあたりはバブルがはじけてから街の様子が全然変わってしまったので、歩いてても思い出が蘇るような物は殆ど消えていた。大げんかした空き地は綺麗なコインパークになってたし、仲良しだった男の子の家は無くなってて新しい分譲住宅が建ってた。彼の家はお金持ちで結構大きな家だったのだが、忽然と消えていることに大きなショックを受けて暫くそこに立っていた。何だか甘酸っぱい気持ちと残酷な時間の経過に今更ながら衝撃を受けていたのだ。
みんな、元気かな。
あの頃は家でバンドのPVを見れるような環境じゃなかったから、少ない小遣いはたいてロッテリアにあったジュークボックスで色んな音楽を聴いた。チキンコンボ食べながら色々な話したなぁ。
なんて独りで考えてたら、ふと寂しくなって涙が溢れてきた。 生きるって事はこういう事が沢山積み重なって、それで強くなるのかな。
|