生きる。を消費する
私は親戚が殆ど居ません。父の親戚は祖父が亡くなったときに絶縁しました。母の親戚は九州に居ますが、なにせ遠いもんで滅多に会うことはありません。
掲示板ではこさんに聞かれた親孝行の話で思い出したのですが。 私の小さい頃は祖父母+曾祖母の8人家族だったのですが、曾祖母は自分の田舎で子供に見捨てられ、東京に居る祖母のところに来たそうです。結局彼女は東京で亡くなりましたが、どういう気持ちで亡くなったんだろうと今でも時々思います。知らない土地で一生を終えるっていうのはちょっと寂しいんじゃないのかな、と思う一方「体の自由がままならない」という老いる事の不自由さもあるわけで。 幸にして私の祖父母は私達が世話をして看取りましたが、でも本来世話をすべきなのは父の兄弟なのであって、私達孫より率先してすべきなのだと思います。元気な時に色々な物を買い与えたりしても、結局は「気に入らない」「使いにくい」「マズい」←これ以外と多かった(笑) それだったら病気になったときに励ますのが親孝行なのではないか。物を買ってやったって、物のない時代に生きたお年寄りは前からず〜っと使ってる物が一番良いわけでそんなことしても意味無いわけですよ。 押入にしまわれるだけ。
自分を産み育てた親に対する尊敬の気持ち、感謝の気持ち。
それは金では解決出来ないものであって かつ自分に出来る事ってそれが最初にすべきことでしょ。何があっても気持ちに勝てるものは他にはありません。心の寂しさを埋めてあげられるのは沢山の会話と笑顔でしかなく、他の物でどうこうしたってそれはベストにはならないのです。
結局祖父が亡くなったときだって、思ってたよりお金を残さなかった祖父を想定してなかったらしく、遺産相続で揉めてそれっきり親戚とは絶縁状態。結局あれは金が欲しいから優しくしてたんだ、と思うと切なくなります。もしそうじゃなかったとしても。
親孝行ってのは自分が一生懸命生きること。 それで親に対する愛情を素直に表現できたら、それでいいじゃん。
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