セピア色の思ひ出
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| 2002年12月07日(土) |
**人をあしらう術、の話** |
「あしらう」 ……�ー茲螳靴ΑB弍�する。受け答えする。 ��得に、相手をばかにしたり、軽くみたりしていい加減に扱う。 ��とりあわせる。配合する。
中学来の友人(A嬢)と、電話で5時間、「朝まで討論会」をした。 人のあしらい方について。
ここで「あしらう」とは、上記の�,琉嫐�のことをさす。
私とA嬢の共通点は、 自分がいくら苦手な相手でも、その相手に対して横柄な態度をとれない、ということだった。 以前は。 悪く言えば、「誰にでもいい顔をしてしまう」、ということ。 自分が、人の態度を嫌だと感じていても、 それを表に出すことなど、とうていできなかった。
確かに、常に押柄な態度しかとらないというと、それはそれで問題があるけれど でも、人間は生きてゆく上で、ある程度は人に対して、 いい加減な態度を取るべき状況(TPOに応じて)があるはずなのだと、私は思う。
**例えばA嬢の場合。** 彼女はとても綺麗な子。 だから男性にもてる。 でもA嬢は、自分に好意を持った男性に、「断る」ことはできても、 更に強引に迫ってくる男性には「渇!」することができない。
私なら、しつこい人とは絶縁して、電話がかかってきても、断然無視! という態度をとるところだけれど、 彼女はそういう電話も出てしまう。 そして、男性にますます深入りされてしまう。 やがて、その男性はストーカーまがいな事をするようになる。 そんな症例が、少なくとも彼女の身に過去四件は振りかかってきた。
**私の場合。** どんな嫌いな人にも全くイヤだという素振りは見せず、 善人ぶっていた。 私が今まで無視したことのある人は、街にいる、"キャッチ"くらいだった。
でも、そんなことが通用したのは、二人とも、高校生までだった。 高校を卒業してから、私もA嬢も上京したけれど、そこはとても残酷だった。
「東京だから」 という理由ではない。 「二人とも、徐々に大人になっているから」 だ。
同世代の人しか周りにいない、という環境は、 義務教育終了後、又は高校卒業後には無くなる。 その後は色んな年代の人との交流が、増えてゆく。 色んな地域の人との交流が増えてゆく。
考え、習慣、文化を異にする人たちと、百パーセント折り合いをつけてゆくのは無理な話だ。
以前、私が働いていたバイト先(オリ○ン弁当)には ひどい事を言う・行なう同僚が大勢いた。
私の病気をネタにして、からかってくる人(32歳・女性) 言語障害の老人のお客様に、酷い言葉を吐きつける人(21歳・女性) 肌の色が黒い、アラブ系のお客様には明らかにツンケンしている人(25歳・女性) 調理場で喫煙している人(複数名)。 等等。
みんな、充分大人のはずなのに。 (年齢上のことではなく、精神的に) 信じられなかった。 もう、耐えられなかった。 世の中、黒い心を持った人たちは、ごく身近なところにいるんだ、と痛感した。
世の中には本当に様々な人がいる。 仏のような心を持っている人もいるし、 全く逆の人もいる。
相手をよく見極めて、 あらゆる対応を講じてゆくことが、 (それが時には心を鬼にしなくてはいけないとしても) 潤いのある人間関係を形成してゆけるのだと思う。 うまい世渡りの秘訣なのだと思う。
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