終業式でした。 子供たちが帰ってくるのを、家で家事をしながら 待っていました。
病院に通っていた間、息子が帰って来ても 居ないという毎日だったので 私が居ることが嬉しそうです。 そんな生活を、母が入院している間は 送るんだと思っていましたが、それはかわいそうって 母も思ったのかな。
気管切開の話が出た翌日に、いきなり意識を戻し、 しきりに何か言いたがっていたけど、声が出せないから 私たちには伝わらなかった。 字を書きたいと言っていたけど、止められたので 書かせなかった。 もし書かせていたら、なんて書いたんだろう・・・ 妹は、こっそり書かせてやればよかったと後悔してました。 書かせても、字にならなかったかもしれないし 書いている内容がおかしかったかもしれないし、 それを目のあたりにしたら、ショックなわけで。 私は「呼吸器はずして」って言いたかったのかな・・・って。 植物人間は嫌だって言ってましたからね。 実家のとなりが、国立の神経センターで、もし気管切開して 新しい病院に移れといわれたら、そこでも入るのかなって 思っていました。 それが嫌だから、逝ってしまったのかしら・・・
でも、色々考えても仕方ないことですね。 まだやるべきことは残っているし、寂しくなってしまった 父や妹を、今後どうやって励ましていけばいいか 考えなくてはいけません。
12/24 午前3時4分逝去 12/26 通夜 12/27 告別式
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