佐山葉月の日記
うかうか一年。地味でぽやんとした趣味の毎日。

2005年11月12日(土) ただいま。

東京に帰って来ました。ものすごく疲れてます。過労(遊び過ぎ)です。
写真日記の方はちょこちょこ更新してましたので、ご覧になった方は解ると思いますが、ひたすら遊んでました。ずっと飲んで食ってた感じです。そしてずっと笑ってた感じもします。

結婚式は10日だったのですが、すごく良いお天気で良かったです。移動が大変ですからねえ。式のチャペルでもホテルでも二次会でも、当たり前ですが、随所で「あ〜京都やなあ」というのを感じてほっとしてました。フロントの人が京都弁なだけでほっとするね。ノスタルジーですかね。友達にいっぱい会えたのも良かった。当日夜中まで騒いだし、翌日もけっこう大人数で会ったりしていたので、ずっと関西のノリ全開で、強化合宿の気分でした(笑)。いやはや楽しかった。
披露宴も、裏ではけっこうばたばたしたのですが(ホテルだけどほとんど手作りだったので、友達でかなり仕切ってやってた)滞りなくむしろ楽しく、て言うか面白く終了しましたし。なんて言うか性格が出てる感じで、新郎側の親族とかは式の最初から皆で泣いたりしてたのに、新婦側は親族も友人達も皆笑顔で、泣いてたのは極僅か。花嫁自体が笑いを堪えてる笑顔なのが解って、皆、もらい泣きならぬもらい笑いしてました。後で「めっちゃ笑い過ぎやわ」と突っ込んだら「だってお父さんめっちゃ緊張してるし、交代したらしたでこっち(新郎)も緊張してるし、うわガチガチや〜って思ったら可笑しくって」と言ってましたが。披露宴も終始和やかを通り越して爆笑するようなことが多く、いいんかいな、と思いつつ心底楽しみました。ホテルの人まで笑ってた(どんな式やねん)。途中で珍しく「新婦の母からの手紙」があり、それはちゃんと感動的で新婦も涙ぐんではいましたが、そこは関西人、きっちりオチとかつけて笑いもとってました。書きながら「ここらで笑いも入れとかんとな」と修正してた、というあたり立派な関西人です。そして新婦からの手紙は、親宛ではなく全員宛で、彼女側の出席者全員へのメッセージが入ってて(私宛には「平日なのに、しかも遠いのに来てくれて嬉しかった」て文章)すごく嬉しかったです。よくある「お母さんありがとう」で泣く、て場面がなくて、個人的にあれは微妙にむず痒い気分になるので、それも良かったかなーと(おい)。
そして二次会は当日頼まれた受付をしましたが、基本的に新婦の友達がほとんどで、必然的に私も知ってる人だらけですごく楽でした。新郎に友達はおらんのかい、と一瞬思ったりもしましたが(実際すごく大人しい人で、狭く深く付き合うタイプらしい)。実は私、二次会というものに参加したのが初めてだったのですが、めっちゃ内輪だったので普通の飲み会と大差なかったりも(笑)。そのまま三次会まですごく楽しく過ごせました。久々の子にもいっぱい会えたし。

その日はホテルが用意されていたので、九州から来た子と一緒に泊まり、翌日夕方に彼女が帰るので「とりあえず京都観光でもしようか」と相談した結果、お互い好きな場所で近いとこ(繁華街に)という理由で三十三間堂に行って来ました。私は京都に住んでいた頃は自転車で行ける距離だったので、割と何回か来てたし、友達も仏像が好きなので「久々に大量の仏像に浸ろうか」ということで。堪能してたら式を挙げた本人からメールが来て、彼女もまた仏像が好きなので「今三十三間堂」と返したら「いいな〜仏像に囲まれて!叔父さん送ってるから、洛中に戻ったら連絡します」というこれまた「京都やねえ」という返事が来ました。それから河原町付近に戻って泊めてもらう友達と落ち合い、彼女が夜の仕事なので、九州に帰る友達を見送ってからそれが終わるまで、式を挙げた本人や別の友達やらが都合に合わせて入れ替わり立ち代わり相手をしてくれました。最終的には泊めてもらった子の家に、夜中に新妻含めて5人集まって飲んでた。学生時代とやってること変わらんよ、とか言いながら(笑)。

そして今日、見送りにまたしても出向いてくれた新妻に見送られながら、同じく東京に帰る友達の一人と昼過ぎに新幹線に乗りました。すごく楽しかった。そして何だか永楽屋に行き過ぎな感じだった(写真日記参照)。大好きなんですよ。と思ってたら最後に新妻に「手伝いありがとう」と渡されたのも永楽屋の手拭いだったし。


しかし疲れました。寝よう。明日もちょっと野暮用で出かけなければなりませんが。


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佐山葉月 [MAIL]