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2004年05月01日(土) 泣くということ

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。学もなく、技術もなかった
母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。それでも当時住んでいた
土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに
遊びに行っていた。給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。俺は生まれて初めての
プロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったのは
招待券ではなく優待券だった。チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わ
なければいけないと言われ、帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外の
ベンチで弁当を食べて帰った。電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、
母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見せて
やることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
「野球、ごめんね」と言った。俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。

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例えば、こんな話を読んで、涙が止まらないとして
その理由は本当に心から同情して感動しているんだろうか
それとも自分はそんな境遇にいないからかわいそうで泣いているんだろうか
泣いている自分に酔っているんだろうか

最近、感情についてそんなことを思う。

ただフレイミングリップスのライヴ一曲目のレースフォープライズは、ほんとうにどうしようもなく涙があふれ出て止まらなかった。

高校生のときかな、ミスターチルドレンの終わりなき旅を
CDショップから買ってきて待ちきれずに帰り道の自転車で聴いたときも
自然と人がいる外にもかかわらず涙が止まらなかった。

タイタニックの水没の絶望の中、ぎゅっと抱きしめあう母と子や身体を寄せ合う老夫婦のシーンでも信じられないほど泣いた。

心から泣ける人間になりたい


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