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| 2003年02月05日(水) |
受験シーズン真っ只中 |
今日、調べ物があって大学の図書館に出向いた。そしたら、構内がもう受験生を迎えるモードになっていて、案内標示の立て看板とか貼り紙がいたるところに。
ずいぶんと入学時よりも綺麗な校舎が増えてる(ウチの大学は今が建設ラッシュみたい。そんなんに使う学費なら安くしろ!とちょっと思う)とはいえ、あー、俺もこういった標示を見ながら、キョロキョロしながら試験会場の教室に向かったなとか、思い出した。
そしたら、下見なんだろう、受験生と思しき女の子と母親が一緒になって何組か来てた。一人で来ていた子もいたな。「綺麗なキャンパスだねー」「あー、ここで学んでみたいなあ」「頑張ろうね」なんて言ってる。俺にとっては日常になってたキャンパスで、綺麗と思うのはクリスマスくらいだったんだけど、嬉しかったな。俺のいけすかなくて、楽しかったキャンパス・ライフも鮮やかに甦ってきた。良い大学だよ。今になってホントそう思う。
なんかいてもたってもいられなくなって、めちゃクサいけど、「頑張ってね!」って声かけた。一瞬の間。ちょっと変な行為かなと思って、「あちゃー、言わなきゃ良かったか」って思ったら、「はい、頑張ります!!」と元気な返事。母親も「お兄さんみたいになれるように頑張ろうね!」だって。あはは、俺みたいなクリープも、憧れの大学の先輩に映るんだなあ……。
やったからこそ俺も分かるけど、トップクラスの大学に受かるような受験勉強は本当に大変な努力だ。誇っても良い努力だと思う。勉学という行為は誰も代わりは出来ない。暗記したり、理解するのは、自分だけ。様々な場面で学歴差別という問題があるけれど、これは人種差別や身分の差別なんかとは根本的に違うと思うな。
例えば就職試験で、有力大学とそれ以外の大学で有利不利の差が大きく存在するけど、これは当たり前じゃない? 実際働いたことも無いまっさらな新卒者を採用するのに頼りになって、データとしても手堅い情報は、いかにこの人が努力でき、努力してきた人間で、さらにそこで厳しい競争率の中を突破したという結果があるという実績じゃん。
受験戦争という言葉はあながち悪い言葉じゃない。誘惑や諦めに銃殺されず生き残ってきた強者が良い学歴を獲得してる。定員割れしてるようなとこならまだしも、ほとんどの名だたる大学にまぐれはない。俺は、たいして努力もしてない結果、あまり偏差値の高くない大学へ入って、就職の時になって不公平だとか文句言って、かつそんな理由で自分を慰めてる人間に一番の憐れみを感じるな。企業側だって適当な有名大学讃美じゃないんだよ。出来る人材で努力する人材を取りたいんだ。
話がぶっ飛んだけど、受験シーズン真っ只中で、不安そうで大変な顔をしてる中学生や高校生を見るけど、気合入れて欲しいな。君の未来は結構大きなウェイトで、今君がしている勉強という努力にかかってる。勉強は面白いし。ためになるし。逃げないし。あれ、良いことだらけだな。
そういえば、間違って乗車して試験開始の時刻に間に合わないとパニくってる受験生を乗せたJRの快速電車で、乗客が車掌にそのことを連絡して、特例で通常止まらない駅で降ろして、無事試験に間に合ったというニュースがあった。久々に心温まるニュースだな。すごい泣いてただろうな、受験生の子。あんなに勉強したのに、自分はホント馬鹿だって思ってただろうな。ほんと良かったねー。こんなマンガみたいな展開もできる世の中にグッジョブといってやりたい。
受験生、頑張れ!!
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