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kaorinのしょーじき日記 DiaryINDEX|past|will
今日武士は朝7時半から上松のさいの神行列に参加しました。
--- ・さいの神について さいの神とはいろいろな信仰を含んだ神様で道祖神とも書くし賽の神と書くところもあります。町の入り口や峠などに祀られて境を守る神様、また悪魔を追い払う神様ともいえます。 正月15日の小正月に子供たちが道祖神のある場所でドンドン焼き(お松焼き)をすることから子供の神様でもあります。 道祖神の像は男女の神様が仲良く肩を組み、手をつないでいることから、夫婦和合の神様とも言えます。 中国の道教から伝わったとも仏教の賽の河原などという賽の考えからきたのだという人、正月の歳神からきたという説もあります。 呼び方もいろいろあります。さえのかみ・さいのかみ・せーのかみ・どうそじん・どうろくじん などです。 小正月の松焼きも、どんど焼き、ドンドン焼き、左義長、お松焼き、三六郎、などいろいろな呼び方があります。 ・上松のさいの神 上松ではさいの神といいます。道祖神は像(双体)という文字碑と陽石があります。木曽では大型のものは木曽福島町の黒川から開田にかけてありますが上松のは全体として小型です。不思議なことに上松までで大桑から南には見あたりません。 ・上松のさいの神の行事 子供の行事として正月15日に行われてきました。昭和の初めまで行われてきましたが戦時中に中止され、戦後も行われませんでしたが下町で復活しています。 1月15日の朝、参加するのは男の子、小学生に昔の高等科の児童や生徒が中心で幼い子は家族におんぶしてもらい参加。卒業したOBもお手伝いをします。 準備としてお正月を過ぎると各家のお松を集め、行列の中心になる「月の輪」作り、参加者ひとりひとりが持つ武士の名前を書いた旗を作ります。「月の輪」というのは八幡様で作りました。 「旗さしもの」これは各人が好きな武将の名前を書いた紙旗を作って持つ。 「お馬印」これはやはり各人が持つものだが手間がかかるためあまり作らなかった。 さいの神行列は仲町と本町を境にして南の方は十王橋から下町の佐々木まで行って帰る。北の方はその逆コースです。 「月の輪」を中心に前後に旗を持って並んで行進しました。 囃子は繰り返して「馬鹿よ 馬鹿よ さいの神は馬鹿よ 馬鹿というやつあ一代馬鹿よ」といいます。(賽の神は兄弟で結婚したので「賽の神は馬鹿よ」という説) 昔は両軍がすれ違う時に「月の輪」に竹の棒をさすと喧嘩になりけが人がでたといいます。昭和になってからは喧嘩はしませんでした。 行列が帰ってくるとドンドン焼きで餅や団子を焼いて食べました。楽しい子供の冬の行事でした。 (以上:山下生六先生のA3のレジメを要約しました。) --- 昨夜聡志が鼻血大出血のため午前1時まで洗濯をしてこの行事に主人と武士が参加するので朝6時には起きました。 さすがに今日は疲れました。 でも主人は元気です。午後から塩尻まで武士とでかけて夕方には帰ってきました。すごいです。私は眠い。。
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