有り得ないぐらい元気に出発。 バスが出る時、みんなは窓から手を振っていたのに、友達と話すことが楽しくて、すっかり忘れてるじゃないか、息子! 顔を見られなかったわ・・・ブツブツ。
いいもんね、夜はママとパパとで修練に行っちゃったもんね。
さて、私が息子に少林寺をやらせていることの理由のひとつに、私がいなくても生きていけるように、というのがある。 彼はスポーツが苦手だが、まだ武道ならと思ったのもあるけれど、(かつ、いじめられても何もできない子だったというのもあるけれど)、要するに何かひとつのことに打ち込み、生きる指針というものを持って欲しいと思ったからだ。
私も夫も定款というのがない人間で常にフラフラしている。 これは反面教師にしてもらってもいいのだけれど、そんな親でも彼にとっては親なので、いなくなればダメージが強いだろう。 残念ながら私は高齢出産なので、普通にいっても、彼は早い時期に親を亡くすことになる。
そんな時、親ではない、拠り所になる何かがあること。 それが彼を助けてくれる。 それをもって欲しいなと思うわけだ。
困難にぶつかった時、何か障害があったり、ストレスがかかった時、私はあなたを助けてはあげられない。 自分で自分を助けられる、そんな人になってくれれば・・・。
ま、過度な期待はしないけれどね(笑)。
今日の1冊:なし
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