私は子供に「良い子」「悪い子」と言うのが好きではない。 子供が「良い子」「悪い子」なのではなく、その行為が良い、悪い、であるからだと自分では思っている、というより、本からの受け売りである。 「悪い子ね」と言われてしまうと子供としては、身の置き所がないではないか。 「私は悪い子なのかあ・・・」
私の母はよく私の性格について、「悪い」を連発していた。 この言葉がどれほど子供を傷つけるか、言っている本人はあまり自覚がないのだと思う。 (というか、私の母は「子供には言いたいことを言う」と断言している人なので、これを論じ始めると堂々巡りになってしまうのだ) 私は嫌だったなあ。 少し自分が成長してからは「そのように育てたのは誰よ」と、切り替えしたくなったものである。 「悪い子」と言われる子供を育てたはずの親に、その責任は全くないのか。 今ではこんな子供じみたことはとても言えないが、何パーセントかの責任を親にもとって欲しい、なんて思っちゃったものですよ。 そんなに「悪い子」を連発するならね。
悪い行為を叱るのは親として当然のことだ。 だがその子の人格を「悪い」と否定してしまうことは絶対にやってはいけない、と、育児書に書かれており、それを目にした時は、それこそ目から鱗でしたね。 私はミニに「良い子」「悪い子」とは言わずに育てようと思いましたですよ。
さて、なんでこんなことをまた思い出したかと言うと、実に単純な理由から。 今日は実家の父母も風邪なので、夕方少しだけ母の手伝いをしにいくことになったのだが、それまでの時間、私とミニは2人で家にいた。 私は家事と書類等の整理、ミニはずっと本を読んだり、1人で遊んでいたのである。 時々私とバカなやりとりをしてはゲラゲラ大笑いをしたりしてね。
この子は本当に一緒にいて過ごし易い子なのだ。 ヒステリーを起こすこともなく、ほとんどはニコニコしており、あとはふざけてるか本を読んでいるか。 「お片づけしてね」なんて言えば素直に片付けてくれちゃう。 これっていつか爆発するのだろうか、とか、自分を押さえすぎているのだろうか、なんて心配もあるけれど、彼が主張することを私がやめさせてる、なんてこともほとんどないのだ。 だからして、「ミニっていい子だなあ」と思ってしまったのだ。 確かに「いい子」だし、人はもっと気楽に「いい子ね」って言ってくれる。 でもやっぱり・・・「いい子」と思ってしまってから、それを口に出すのを私はためらった。 「大好きよ」は言ったけれど、「いい子」はやめておきました。 「いい子」でいようと思って欲しくないものね。 とりとめがなくなってきちゃったけれど、そんなことを思った本日でした。
今日の1冊:「Pooh's first day of winter」
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