本家毒舌日記
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花粉症もどうやらピークを過ぎたような気がするで。相変わらず鼻は出るし、目も赤く充血しているけど、ここ数日コンタクトをせずにメガネで通していると、状況はよくなってきたで。メガネは嫌いやけどもう少しの辛抱やな。毎日カルピスも飲んでるし・・・まるで子供みたいや。ビールが効くと良いねんけどな。 さて、久しぶりのマイスーパースター列伝は 『山田久志さん』 元阪急ブレーブスの大エース。通算成績は284勝166敗、防御率3.18 何よりMVPを投手としては異例の3度も受賞するなど、輝かしい栄光を残しました。本格的なアンダースローは芸術的と言っても過言ではなく(実際、今のプロ野球界でもこれほどきれいなフォームの人はいない)ワシは西宮球場のブルペンで山田さんが投げるのを見て、何てすごいんやと心底惚れました。 山田さんへの思いを決定的にしたのが昭和53年の日本シリーズの初戦。確か7−6で阪急が勝っていて、9回の裏のヤクルトが2死満塁という逆転サヨナラのチャンスの場面でした、山田さんはこの日はあまり調子がよくなかったようでしたが、最終回の2死までこぎ着けておりました。バッターは杉浦。彼が粘ってカウントはツースリーまで行きましてん。一球でもボールを投げたら押し出しで同点という場面で、ワシはテレビで見ていて心臓が割れそうでしたわ。ところが山田さんは顔色一つ変えず、黙々とほとんどど真ん中の低めにストレートを投げ続けていました。それをことごとく杉浦がカットするもんだから、投球数はかなりのもんでしたよ。それでも山田さんは負けない。なおも計ったようにストライクを投げ続けます。解説かゲストの人か忘れたけど「プロやなあ・・・」とつぶやいていたのが忘れられません。意味もないフォアボールを連発するオリックスの若手投手は見習って欲しい。プロやったら、計ったようにストライクを投げんとあかんよな。この年、阪急ブレーブスはヤクルトに敗れて4連覇の夢を絶たれたのでありました。最終戦、足立投手が登板して、山田さんも最後の方で投げましたが、山田さんの胴上げするところを見たかったですな。そのあともワシは山田さんを見るために西宮球場に通い続けました。何三振か忘れたけど、大記録を清原から奪ったときも、ワシは見てたんだよ。感動もんやったね! 阪急ブレーブスがなくなると同時に山田さんと福本さんが引退してしまい、ワシの青春も終わりました。オリックスになってからも応援は続けていて、GS神戸にはよく行きますが、阪急にかけた情熱は今はありません。監督も山田さんになって欲しかったのに、なぜかオリックス球団は外様の人材ばかりを起用する!去年、藤井選手が引退してしまったので、阪急からの生えぬきもいなくなってしまったあああああ! 山田さんがどれほどすごいかについては、小学館文庫から出ている「投げる」 矢島裕紀彦著で詳しく書かれておりますんで、ぜひ読んで欲しいと思います。ワシはボロボロになるまで読みましたで。
この山田さんについては、楽しい思い出があるねん。山田さんの相棒の中沢捕手の子供さんがうちの弟と同級生で、確か幼稚園のバザーで阪急の選手の寄せ書きを売るとかいう話を聞いて、ワシも飛びつきましてん。山田さんのプロマイドを貼った色紙を中沢さんに託して、「山田選手のサインをお願いします」と頼んだわけや。ところが中沢さんが何を勘違いされたのか、そのプロマイドを剥がして捨ててしまい、代わりに阪急の選手のサインの寄せ書きになったわけ。もちろん山田さんのサインもあったわ。最強と言われたころの阪急の選手の寄せ書きやで。マルカーノやウイリアムスのサインもあったわ。今なら垂涎もののサインやけど、当時のワシは不満やった。山田さん単独のサインやなかったからね。このサインは阪神淡路大震災で実家が倒壊したため、なくしてしまいました(泣) 山田さんは中日ドラゴンズの監督。ファンではないけどドラゴンズには頑張って欲しいですわ。
花粉症脱出か!?
Team DAC
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