デイドリーム ビリーバー
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2003年03月09日(日) 3月7日バレンタインデー

春一番。

ひと雨ごとに、ひざしが、あたたかみを増していく。
空が、ほんの少し、青みを増しはじめる季節。

添乗員だった頃なら、
夕食が毎日「蟹」の地獄の日々から、ようやく解放されて
(私は甲殻類アレルギー)
梅、桜、菜の花から、つつじ、水芭蕉、菖蒲へと、
花を追いかけて南から北、全国を飛び回ていた。

今ごろだったら、河津の桜?沖縄の桜?
添乗員を引退して、もうすぐ一年。
なつかしいなあ、なんて思いながら

私は、チョコレートの売り場をうろうろしていました。
ホワイトデーまであと一週間。
誰がなんと言おうと、私にとって、今この季節は

バレンタインデーなのです!!




1月末、インフルエンザにかかった私は
海外出張前の彼に、うつすわけにはいかないと思って、
デートは連続キャンセルしてしまった。
そして、彼の出張、母の入院。
気がつくと、一ヶ月以上も会ってないんです。
もちろん、バレンタインデーは、あっけなく過ぎ去ってしまって。

「チョコはもういいよ」と電話で言われると
ますます意地になって「次に会う時に、最高のチョコをあげる!」
とかなんとか、豪語してしまう、どうしようもない私。

それでもなかなか休みが合わず、じりじりしていた私達は
とうとう、日をあわせて有給をとってしまった。
3月7日。待ちに待ったデート。
日曜日まであと二日だというのに、いい年して、本当に我慢が足りない。


しかし、私はここでハタと気付いた。チョコを渡す日がいつのまにか
おおごとになってしまっている、ということに。

「気にせんでいいで、来年もまたあるねんから」
なんて、殊勝なことを言っていた彼も
「まあ見てなさいよ、フフフ」なんて、一ヶ月も
不適な笑いを聞かされていたら、そりゃ、言うようになるさ。
「チョコチョコ〜!楽しみやな〜!」ぐらい。

私もしかして、自分で自分の首、絞めてますか。
何も用意できていないんですけど。
だいたい、元々イベント苦手(とくに恋愛系イベント)の私が
最高のバレンタインの演出など、できるはずもないのに。


今年は、最初から買うつもりだった。
この一年のリサーチ結果からすると、どうやら彼は
いわゆる「高級チョコレート」が好きみたいなのだ。

誰にそんなふうにされたかなんて、考えたくもないけど、
前の彼女は、毎年、高級チョコを買っていたっぽい。
だって、おかしいもん。彼、なぜか詳しいもん。

じゃあ私も買ってやろうじゃないかと。
こんなことでもなければ買うこともない、
一粒250円とかいうたぐいのチョコを、買ってやろうじゃないかと。
しかも、今まででも最高だと思うようなやつを
見つけ出してやろうじゃないかと、
メラメラと闘志を燃やしていたというわけ。

だけど、バレンタインなんてイベントに、去年初めて参戦した
恋愛初心者の私と比べたら、
高級チョコを毎年もらっていた彼の方が、断然詳しいわけで。
下手にスタンダードなものを選べば
何年か前のものとかぶってしまう可能性もある。
それだけは、何としても避けなければ。
そう思って散々歩きまわったけど、結局、決めそこなっていた。

彼は、食の好みがはっきりしているので
好き嫌いのない私には(蟹以外)、わからない部分が多い。

生チョコは好きか嫌いか、洋酒タイプかミルクチョコか、
紅茶味のように変わったものと、スタンダードなものではどちらがいいのか。
チョコって結構難しいですよね。

毎年彼にチョコをあげて、その反応を見て
彼の好みもきっと知り尽くしていた、前の彼女は
一昨年
今となっては最後になってしまった、二人ののバレンタインデー、
さぞかし究極のチョコを。

…考えれば考えるほど、かなうわけがない。



デートを翌々日に控えた夜、とうとう、彼に
どういうチョコがいいのか、電話できくことにした。最終手段だったんけど。
それを聞いたうえで、最良のものを探すしかないと思って。

今までもらった中で何が一番よかった?という質問を匂わせるようで
本当は言いたくなかったんだけど。

彼はどうなんだろう。前の彼女のこと、時々思い出しているんだろうか。
思い出すのは辛いんだろうか。それとも幸せな思い出?
二人だけの思い出、私には踏み込まれたくないだろうか?

そんなことを色々考えて、すっごくすっごくどきどきしながら、
話のついでみたいにして、とうとう聞いたわけです。
「どういうチョコが好き?」って。

すぐに返事がなかったので、
ああ、こっちの気持ち気付かれたと思って、
どうせならって、更に質問を重ねた。

「どういうのが一番嬉しかった?」


緊張の一瞬。

そしたら、彼、何て答えたと思います?しばらくの無言のあと。

どきどきしながら、受話器に耳を当てる私に
かすかに聞こえてきたのは。


すこー。すこー。すこー。すこー。
って。
「もしもし!」
「…んあっ!?」


確かに、色々考えながらだったから、会話のテンポはスローだった。
有給のために、つめて働いていたみたいだし、彼も疲れているんだろう。

だけど寝るかな。このタイミングで。



きく勇気なんてもうないし、こんな状態でこんな話してもしかたない。
おやすみって電話をきって
多分彼は、そのまま寝てしまったんだろうけど

私は例によって、もんもんもんもん。



彼は悪くない。
好きな人と、8年まじめにつきあって、うまくいかなくなって、別れて。
だから、私の知らないことがあって当たり前で。
そのことについて、自分からは話さない彼。
でも私が聞いたら、頭をよしよしってしながら、答えてくれる彼。
最高じゃないですか。文句なしでしょ。

そんなことは、よーくよーくわかってる。

だけどなぜだろう。私はがっくりと、力が抜けてしまった。

心が
うじうじ、いじいじ、うだうだ、うつうつ。

その状態は、結局、次の日も治らなかったので、
高級チョコはあきらめて、会社帰り、製菓材料を適当に買って帰った。
家で少し休んだら、作るぐらいの元気は出てくるだろうと思って。
手作りなら、多少の失敗も許されるだろう、とか。

だけど
帰って少し休んでも、動く気はしなかった。
チョコをつくるどころか、カードにひとこと書くことすらできない。
言葉が浮かばない。好きな気持ちがあふれてないと、好きなんて書けない。

時間だけが刻々と過ぎていって、ああもうだめだって
彼に電話しようとしたら、
向こうからかかってきた。


明日チョコあげられないかもしれない、
ごめんね、また来週でもいい?
って言ったら
「別にいいねんで、無理せんでも。チョコレートなんかなくても」

いーや、あげるったらあげる!今度、絶対あげる!
って言ったら、彼はおかしそうに笑いながら

「俺たちはなー、仲良しやからなー、
 毎日がバレンタインみたいなもんやの!」



あのー。

そういうセリフってどうなんですか。
ここで書くの、辛いんだけど。とかいって書いちゃうけど。
ドラマとか映画では、絶対使えないよね。
クサイとかサムイとかキモイとか、そういうのもとっくに通り越してて。

だけど私、実は。

この時、
心が、急激に回復していくのを感じてしまった。

こんなセリフなのに。
こんな、どうしようもないセリフなのにね。


「仲良しなんだ?」
「そうや。だって俺、宙ちゃんのこと好きやもん!」
「私なんか、もっと好きだもんねー」
「俺なんか、もっともっと好きやもんねー!」
「私なんか、もっともーっと好きだもんねー!」
「俺なんか、もーっともーっと好きやもんねー!」

…なんちゅう会話。
ありえない。
でも確かに言いました。言っちゃいました。
ああ書いちゃったよ。顔が見えないからこそ書けるマジックか。
アホっぽい。恥ずかしい。


とはいえ、この電話のおかげで、私は急に元気をとりもどし
それから、あわててチョコを作った。
おかげで、有給までとった、翌日のデートは、かなり寝不足。

いいんです。平日フリータイムなので。
寝不足の彼と一緒に、2時間本気で昼寝しても
まだ時間のある、幸せなデートだったので。



カードにも、正直に書いてしまった。

「一年と少しつきあったぐらいでは、どういうのがいいのか
 さっぱりわかりませんでした。
 だから、究極のチョコレートは、少し待ってください。
 もうすこし研究して、いつか必ずあげるからね。」


前の彼女と比べるまでもなく
私たちの仲は、まだまだ始まったばかりで。
これからいっぱい、いろんなことがあるだろう。
愛しあって、許しあって、励ましあって、
けんかしたり、時に泣いたり、もしかしたらすこし飽きたりもしながら

それでもさいごまで、隣にいて
彼を見つめていられたら、と思う。


カードの言葉に匂わせた、「これからもずっと」って、そういう気持ち
彼は汲み取ってくれたみたいで

「手作り手作り〜!」なんて、
不細工なチョコをからかってやろう、という口調で
いそいそと包みをひらいたくせに

「あのあと慌てて作ったんだから、じっくり見ないでよ」
「どれどれ〜?うしし」
なんて言い合っていたくせに

上に置いてあったカードを開いて、読んだかと思ったら
その下のチョコの箱、あけるのも忘れて



私を抱きしめてくれて
ありがとうって、いっぱい頭をなでながら、

とても優しいキスをくれた。


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