デイドリーム ビリーバー
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2002年04月06日(土) 春眠

つきあい始めた頃、よく
「俺のどこが好き?」ってきかれた。

そんなものはよくわからない。
なんとなく、としか答えられない。

そう言うと、彼は、がっかりしていた。

「なんとなく好きじゃーなぁ。
 なんとなく嫌いになりそうやしなぁ」

でも本当に理由なんてなかった。


彼の半径50センチぐらいの空間が暖かくて、ただそこにいたいと思うだけで。
話してると、おかしくて楽しくて、食べ物が異常に美味しくて。

そして、なぜか眠くなるのだ。

彼のそばにいると、ぽかぽかして眠くなって
そのまますうっと、なにか包まれたみたいに
ずっとずっと眠れるような気さえする。



実は、本格的につきあうようになってすぐのデートで
すでに、その兆候はあった。

夜風が、冬の匂いをおびていた中、不意に抱きしめられた、そのベンチで
実は、まじでウトウトしかけました。
これは彼には言ってないけど。


なんてったって、この時は、お互いかけていた歯止めを
バチンと切ってしまった直後なわけで、
二人とも気持ち的にかなり盛り上がっていたし
こう、本格的に抱きしめられるのも、多分初めてだったわけで

ふうーって大きく息をついて私から体を離した彼は
「あードキドキしたぁ」なんて言っているわけで
そこで
「寝てた」
とは、さすがの私も言えませんて。


しかし、まもなく彼も、その病にかかり、今では
私なんて比べ物にならないぐらい、重度の眠り障害に陥っています。

ドライブの後、昼食をとるために停車しただけの駐車場で
弾んだ話がとまらなくて、発車する機会を逸しているうちに
彼が眠り、私も眠り
私は目覚め、彼は起きず
しかたなく二度寝、三度寝を繰り返すうちに、気付いたら夕方、というのも
もうデートの1パターンとなってきているし。


私たちは、お互い一人暮らしではないうえ
(彼は親戚と同居、私は女友達とシェアリング)
休みが不規則なので
「平日フリータイム」っていうのは本当にありがたいサービスなのだけど
部屋に入ったときはそりゃ
もりあがりまくりーの、いちゃいちゃしまくりーの、だけど
いちゃいちゃしているうちに、気がつけばふたりして寝てしまっている。

たいてい私が先に目覚めるので、寂しいなあって思う時もあったけど
近頃は、この時間も、ある意味至福のひとときで。

寝ている彼は、なんかいいです。かわいいです。
ひげの剃り残しとか。まぶたの形なんて、うらやましいぐらいきれいだし。
鼻は、息をするたびピクピク動いて、パクっとかぶりつきたくなる。
ていうか、かぶりついてるけど、実際。これぐらいじゃ起きないんで。
ぽかんと開いたままの口も
薄めの唇、思わずぺろっとしたくなります。
これはすると、うるさそうにするので、たまにしかできませんが。




この間、彼が目覚めたとき、お茶の新しいCMがちょうど流れていて

「ああ、宙ちゃんのテーマソングやー」
寝ぼけた声で、そう言って、また寝てしまった。

『ひょっこりひょうたん島』のうたが使われていた。



すごい。
こんなこと覚えているなんて。



これを彼に歌ったのは、二人がまだ友達だった頃。

月に一度の飲み仲間だった私たちは
その日、席が近かったのか、いつもより多く話し
帰り道、みんなから少し離れて二人で並んで歩いていた。

その日
男としてではなく、友人の一人として、人間として
彼の心を近くに感じた私は

仕事や夢やいろんなことに行き詰まって、少し元気がなかった彼に
「しょうがないなあ」
とかなんか言って、
とっておきの歌をうたってあげたのだ。


私は、元気をなくしたとき、自分で自分に歌う歌がいくつかあって
その中の一つが『ひょっこりひょうたん島』。

こういうことは、人に言ったことがなかったけど
こいつ、いいやつだなと思って、
教えてやってもいいか、と思って

「内緒だからね」
って歌ってやったんだ。



まるい地球の水平線に なにかがきっと待っている

苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ

だけど僕らはくじけない 

泣くのはいやだ 笑っちゃおう 進めー!




この単純な歌詞が好きで。

「だって、“泣くのはいやだ笑っちゃおう”だよ!?すごい、よくない?」
って力説したら、彼、笑ってた。




恋人になって、距離が近くなった分
彼をたすけられなくなった部分ってあるのかな。

友達だからこそ
ある程度距離があったからこそ
あの歌は、彼の心に響いたのかもしれない。

私は今でも彼のいい友達だと思うけど、でもやっぱり
恋人になってしまった。
友人としての役割は果たせそうにない。
あの頃の接し方で、彼を元気づけることはできない。


私では埋められない隙間を、いったいどれだけの人に
いったいどれだけの「あの頃の私」のような人に

なんて、架空の人物にまでやきもち焼きだすしまつ。




彼がようやく目を覚ましたとき、なんとなく寂しかったので
「なんでそんなにぐうぐう寝るの!」
って言ったら

「宙ちゃんの半径50センチぐらいのところって
 ぽかぽかして、ほっとして、めっちゃ眠くなるねんもーん」

くそー。
うまいこと言いやがって…。

ゆるみそうになる頬を、無理やり引き締めて
「愛情が感じられませーん!」って言ったら

「愛情攻撃―!!」

って、ぎゅうって抱きしめられて




そんな時の彼が、とても嬉しそうなので


せめて
恋人としてだけでも、
彼の心に響く人になれるのかなと、思ったりした。



彼の心に響く人になりたいと思った。


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