読了日記

2002年11月10日(日) 「ファウンデーションの彼方へ 上下」  

「ファウンデーションの彼方へ:銀河帝国興亡史4」
     (アイザック・アシモフ著;岡部宏之訳,早川書房)


内容:第二ファウンデーショナの滅亡に疑問を投げかけるトランターの議員・トレヴィスは、市長の奸計により第二ファウンデーション探索の旅に出る事になった。


…んーと、感想は5巻読んでからの方が良かったか?一応「独立した話」と言ってますが…。…思いっきり途中やん!

取りあえず前回(の日記参照)疑問視していた「何故第二ファウンデーションを滅ぼさないといけないか」は分かった。心情的に、他人に精神いじられて自分の行動の方向を捻じ曲げられるのはまっぴらごめん。3巻までは第二ファウンデーションはあくまで傍観者で、極くやもえない場合のみ他人の精神に介入してきた感じだったのが、今回からは凄いナチュラルにやってて不快極まりないです。確かに、セルダン・プランが第二ファウンデーションを必然として用意していたとして、それの排斥がセルダン・プランの崩壊に繋がろうが、滅ぼしたいですわ。

ブリスがアレかもしれない、ってのはこれも登場時点で思いました。つーか、ガイヤがアレの星だと思ってましたわ、私ゃ。
しかし本当に伏線の張り方が良い意味で古典的で上手いなぁ。勿論、逆。上手かったから後進が踏襲して古典になるんでしょうが。

トレヴィスとペロラットはちょっと怪しいと思いましたとさ。こーゆーカップル(もーーし!)、割とツボ。

その他の感想は5巻読んでからにして。

訳が気に入らない所が一つ。いえ、原著は読んでませんが。
たぶん元は「Well...」だと思うんですが、「えっと」と「あのう」くらいにしか訳されてない。偉い学者が高度な学際的説明をしている時とか、可愛い女の子が人を説得している時もそれでは何となく幻滅。「ふむ…」とか、「そうねぇ…」と言った感じに雰囲気に合った意訳をしても良い気がするのですが。
訳と言えばねー、思い切り話はズレますが、ハリポタの「Yes」「No」の訳が気に入らなくて気に入らなくて。
例えば「あなたはこの花が嫌いなんですか?」と言う質問で、「その花は嫌い」と答えるのに、英語は自己主張をすると言うか、「don’t」に呼応してか、「No. I don’t like....」と答えるじゃないですが。それをそのまま「いいえ、私はこの花が嫌いです。」と訳してあって。
日本語は相手の問いかけを尊重して、相手の質問に対して「はい,いいえ」を言うから「嫌いか?」と聞かれればそれに対応して「はい、嫌いです。」って答えるじゃないですか。それが日本の文化であり言葉で、「翻訳」と言うのは、特に小説の場合は「自国文化に沿って変換する」ってのも大事で、そうするべきだと思うのにただ英語を直訳するだけ、と言う品の無さと言うか、美意識の欠如に非常に不愉快になった記憶があります。…「直訳が美意識」と言うのでしたら私とは価値観が違う、と言うことで。…でもアレはそういう強固な価値観があってやっているようにはとても見えませんでしたけどね。

あとがきとか読んでいてまたしても愕然。
…そうかー、無理矢理書いてこれだけ面白い話になるんだー。凄いなぁ。


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