| 2002年09月06日(金) |
「マイセン : 秘法に憑かれた男たち」 |
「マイセン : 秘法に憑かれた男たち」(ジャネット・グリーソン著 ; 南條竹則訳,集英社)
内容:西洋で初めて磁器の制作を成功させた男たちの話。ノンフィクション。
図書館より借り物。 内容だけ聞くと「プロジェクトX」みたいなものを想像するかもしれませんが、読後感は非常に悪かったです。あの美しい磁器の誕生にこんな腹黒い連中ばかりしか携わっていなかったのかと思うと幻滅。書き方が悪いだけかもしれませんが。ノンフィクションとは言え視点や角度を変えて書く事によってはもっと違ったものが出来たかも。 「小説のように面白い」とどなたかが評したそうですが、私的定義の小説とは当てはまりませぬ。事実が小説のようだっただけで(てーか、小説は結局事実として起こりうることをベースにしているわけですからむしろ当然と言うか逆と言うか)、作者の創造性や虚飾の見えない話を小説として良いものか。ノンフィクションと小説の違いってそこじゃん?それともこの評者にとってノンフィクションか否かの線引きは「面白い」か「面白くない」かでするのでしょうか。そういう意味だったら「ノンティクションのように面白くない小説」って結構あるよね。(笑)
ま、なんだ。今回一つ思ったのが「衣食足りて礼節を知る」って事かな。生活に困窮していりゃ、心も貧しくなるよねと。 国の最大の富豪であるアウグスト王や、マイセンで暴利をむさぼったヘロルト等を思うと衣食が足りようが礼節を知らないものは知らないんでしょうが、ちょっと贅沢に生きるだけの収入があれば襟を正して生きただろう人も沢山居て、そういうのを考えると何だかなと。 並行して宮城谷さんの儒教色バリバリのしっかりした中国モノ読んでいるものだから余計嫌な気分に。
しかしそれでも美は生まれる。技術は成る。そう考えると生み出されるものの不思議と言うか、生み出す人の不思議と言うか。
私、東尾が野球賭博で捕まった時も「それでも彼のピッチングは素晴らしい事に変わりはない」と言いきる、人格と技術は分けて考える方ですが、例えば殺人とか婦女暴行とかしたら「素晴らしいけどねぇ…」とやっぱり嫌な気になると思います。マイセン(波の戯れホワイト)のビーカーでコーヒーを飲みつつ、それに近い感情を今回おぼえました。 昔の事ですし、やっぱり好きなのでマイセンは集めていきますけど。
関係ありませんが、マイセンの柿右衛門柄はあまり好きではない。柿右衛門柄なら有田の方が好き。←と、言っても柿右衛門と区別出来るかはあまり自信がない。ただ、マイセンなら柿右衛門を模すものより好きな柄があると言う程度。実は、ブルーオニオンやブルーオーキットも、それなら中国青磁の方が良いと思ってます。(今ではどっちもそれなりに好きです。)西洋人の、東洋取り込みセンスが性に合わないのかな。ドラゴンも、中国風だけどどっちかってーと嫌い。(1つ持っているくせに…。)同じ龍でもマイセンがするなら西洋ドラゴンの方が良いのに。は、私見。
マイセンはウェッジウッドなんかと違って手書きで一つ一つ柄が違うから、同じシリーズでも2客以上集めて見比べて楽しまないとね〜、なんて言ってましたが、良く考えれば陶器ってそうじゃん。プリント柄もあるのでしょうが、うちに普通にある安物陶器でも大概「世界に一個」だったわ、そう言えば。
あ、私マイセン食器を分不相応なくらい買ってますが、コレクターではありません。高いものでも(私が持っているのはたかが知れてますが)ちゃんと 使ってます。使われない器は存在価値がないと思っております。 …ん?途中から読書感想とは違うものに…?
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