2005年01月15日(土) 予定とは 幸せのために 立てるんです
ちょっとご無沙汰。仕事がちっとばかり立て込んでいました。今日センター(英語)が終わり,怒涛のセンター対策をもうしなくていいので,私の肩の荷が少し下りました。あとは大学へ向けてまい進するのみ。ということで今日はお休みで,ネットでセンター速報を見ながらのんびり過ごしました。
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本を読んでいると,いつの間にか上の空で字面だけを追い,まったく別のことを考えていることがよくある。考えの方に集中しようと本を閉じると,途端に思考も停止するので,しばらく字面を目で追い続ける。そうするとめちゃくちゃ考えの方に集中できる。単純作業時が考え事に向いているというのは納得だ。
んで,昨日本を読みながら上の空で考えたこと。それは,『機嫌を損ねるほど大事な予定なんてない』ということ。
例えば,先日,仕事の帰りにある本を買おうと思って本屋に行ったんだけど,売り切れていた。もう一件行ってみたけど,そこにも見当たらない。でも,前の日からその本を買おうと意気込んでいたので,どうしても欲しくて,駅向こうのちょっと遠い大きな本屋まで行こうと思った。だけど,その日は疲れていて,身体は早く家に帰りたがっていたのだ。
それでも,「その本がどうしても今日欲しい」という欲求が勝って,のろのろとその本屋に向かった。やっとのことでたどり着いたにもかかわらず,その本屋にも私の求める本はなかったのである。
ガックリだ。なんだか一気に疲れが増したような気がした。予定していたことがうまく運ばず,イラッとした。
でも,後で冷静によく考えてみると,まだ読む本はたくさんあるし,何よりもその夜は帰ってからも仕事が立て込んでいたので,本なんぞ読む暇がなかったのである。なんであんなに「今日」あの本が欲しかったのか,謎だ。身体にムチ打ってまで,機嫌を悪くしてまで,あの本を何が何でも「今日」欲しいと,なぜ思ったのだろう。
日常の「こうしたい」という軽い気持ち(例えば「今日はラーメンが食べたい」とか「7時の回の映画を見よう」とか)は,人として普通の感情だけど,いざそれが実現しないかもしれない状況になった時に,それでも「したい!したい!」と言い張ったり,機嫌が悪くなってしまったり,実行の障害になる相手を責めたりするようなことがあったら,それはもう,単なる一時の思い込みではないかと。「執着」と言ってもいい。
冷静になってよくよく考えてみれば,「ラーメンじゃなくて,パスタでもいいじゃん」「映画は明日でいいや」と思えるものである。なのに,その場で腹が立ったりイライラしてしまうのは,逃げていくものをつい追いかけてしまう犬のようなもので,その獲物を本当に得たいかという冷静な判断はすでにできない状態なのである。
私は予定がうまくいかないとイライラするたちだ。週末に相方とどっか行く予定を立てていたのに,突然仕事が入って中止になったりすると,イラッとくる。だけどこれは,10の幸せな気分を味わうために予定を立てて,中止になったらその10が得られなかっただけの0地点にいればいいものを,マイナス10地点まで自分で下りていっているようなものだ。
うーむ,うまく説明できているかわからないが,人は誰しも幸せになるために予定を立てるわけで,それが不機嫌の原因になったら意味がないということ。
予定なんて案外どうにでもなる,ということに遅蒔きながら最近気づいた。どうにでもなるのだから,イチイチ不機嫌になるのはやめにしようと。それよりも,さっさと気持ちを切り替えて,流れに身をまかせ,機嫌よく代案を考えた方が100倍マシである。
人は自分に負になるものをあえてしてしまうことがあるけど,これを自覚してコントロールできれば,生きて行くのがうんと楽になると思う。
つづく。
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前回風邪の話を日記に書いたら,タイムリーにもそのころ相方が風邪を引いていたらしい。ここ10年で一番苦しかったと。そばにいて上げられなくて,スマヌ。
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>>「匿名メールフォーム」へのレス
・明けましておめでとうございます。
今年もよろしくどうぞ。
沖縄日記,いーなーと指をくわえて毎日読んでおります。
暖かかったですか。もう寒いのにはウンザリ。
お互いがんばるんばでいきましょー。
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