担当女性は 共依存症です このごろ私は彼女に叱ることが出てきました 93にもなるお年寄りを・・・ 叱るのです・・・
子供に言うようには さすがにできませんが 人を頼り 全てを決めてもらわないと何もできなくなってしまった・・・ あまりにもひどい・・・ これが精神病である依存症の症状なのだと 全てを片付けてしまってもいいものかと 私自身が悩むあまり きっと「叱る」という方法で彼女を受け入れ 私自身を保っているのかもしれません 93年生きてきた人を叱るべきか 悩みつつも こんなにひどい症状のまま 人生を終えて欲しくないという思いを持つようになりました 人間らしい感情 情緒 会話 きっとできるはずと 彼女を信じて 私自身自分を信じて日々向き合っています
今日はかなりきつく言ってしまい 何とも悶々とした気持ちで職場を離れました でも 一歩でたら上の子の食事のこと 下の子を迎えに行くこと 用事を忘れずに済ませることで 気持ちは切り替わってしまうのですが・・・
今日の出来事とは・・・ 職場でお葬式が出たのです 担当女性は 私がいないとき 隣の部屋の女性にぴったりくっついて離れないのですが その女性も精神薬を飲んでいる つまり精神病の患者さんです お隣さんは夕べ1人でお通夜に出てしまったので 告別式には出ないといっています 担当女性は 告別式でお参りしたいといっています 告別式は私が帰った後 30分後に始まりますから 私が帰るときに式場にお連れしましょうと いうのですが お隣が一緒でないと行かないといいます お隣が行かないといっているのだから 「行かない」で終わればいいのに お参りはしないと気になるのです お隣が行けば行く 行かなきゃ行かない お隣は夕べお参りしているから 自分もお参りはしたい・・・ もう 頭のなかとっちらかっちゃうわけです
「私が連れて行くから 帰りは部屋まで 送ってもらえるように頼みましょう」 「お隣がお参りしないからしないというのは 少し違うように思いますよ あなたはお参りしたいのですか?」 「普段お付き合いがない方だから お参りは遠慮させていただくということでいいですか?」 この選択肢を何十回と繰り返したことか・・・
『いいわいいわ どうでも』
私が叱る原因となった一言はこれです 何が大事かといったら 亡くなった方をお参りしたいということなのです でも彼女が気にするところは 『自分を部屋まで連れてきてくれない』 『お隣が行かないなら行かない』 と 全然違うところなのです 「あなたの気持ちを聞かせてください 面倒がってやけを起こすことではないですよ あなたがどうしたいのか もっとあなたの気持ちを大切にして欲しいのですよ」 と 言ったものの こんな言葉が通じるわけもなく 即答した言葉が 『明日は何時に来るの?』 ・・・です 彼女は心の病だと 自分に言い聞かせつつも きっと人らしいものが残っているはずだと 信じずにはいられないです 『あんたがいい あんたがいないと困る』 この言葉に喜ぶだけの時期は過ぎたように思います 嫌われること 信頼を失うかもしれないという不安 そんな向き合い方も もう終わりにしなくてはならないかもしれません 依存症と この女性の性格とはどういうものなのか 私自身を保つ方法はどうしたらいいのか 目先だけを見つめたり 大きく広く捉えたり 仕事と割り切る訓練も必要になりました
得ていくしかない・・・ 何も失ってはならないのです
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