心が狭くなっているなぁと感じたので、ちょっと反省中です。たいてい、残業が多くて身体が疲れているときに陥るのですが、読んだ本の影響かな……。
『マークスの山』と『照柿』、ともに高村薫です。
『マークスの山』は、登山家がよく言うように「そこに山があったから」で、すべてが始まって終わるような話でした。山の描写に圧倒されつつ、すんなりとそういうものかと納得させられます。 でも、心理学のドキドキラブラブ作戦(アレ…吊橋効果って言うんだっけ?)と同じ原理ですよね。極限状態にあるふたりは恋に落ちるものなんでしょう。(…誰と誰がという突っ込みはなしで;)
『照柿』が…、きつかった。私が読んでいるのはなんだろうって、何度思ったことか。「セメント樽の手紙」とか、近代のプロレタリア文学とか思い出しました。読み終わったときにはほっとしました。どんな話にも終わりはあるんだって(苦笑) 登場人物の人生にはまだまだ終わりはなくて、苦難の道が続くのがありありなんですけどね。どんな職業も大変だなぁとか、どこの家族も大変だなぁとか。どんな感想じゃ;
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