翠の日記

2004年06月10日(木) 最近の読書

 友人の日記に心惹かれるタイトルの本(小川洋子の『凍りついた香り』)があったので、その著者の本を黙々と古い作品から読んでいます。

 文庫版の解説を読んで、芥川賞作家ということしか知らなかった私は、『凍りついた香り』を読んだ後、数学を扱った『博士の愛した数式』が気になってしまい、順番を無視して予約したのでした。にもかかわらず、いつまでたっても到着メールが来ないのを不審に思って、図書館サイトで確認したら、予約待ち39番目;
 そのときは「そんなに人気のある人だったのか、ぜんぜん知らなかった」と思ったのですが、後日、最近発表された『ブラフマンの埋葬』を予約しようとして紹介欄を見ると『『博士の愛した数式』で2003年の「本屋大賞」「読売文学賞」をW受賞した」という記事を見つけ、納得しました。思えば、『博士の愛した数式』を予約したときに所蔵10冊というケタ違いの扱いに気をつけてみれば、わかりそうなものだと、自分の足りなさを実感しました。
 でも、さらに打ちのめされたのは、その事実を知った直後、妹と最近の読書の話題になったとき、「えぇ! それを知ってて、小川洋子の本を初めから読み始めたのかと思ってた」と、バカにされたことでしょうか。
 …読書好きな人にとっては当たり前の事実だったようです。
 やっぱり、私の趣味の欄に「読書」と書くのは不適切ですね。でもサイトのプロフィールには、「偏りあり」って書いてあるから、偽りはないですよね。

 『博士〜』はまだまだ30番目なので、もう2週間くらい待ちそうです;

 すりこみというか、どうしてもはじめに読んだ『完璧な病室』が一番強いインパクトを残しているんですよね。
 ”ビーフシチュー”の描写が忘れられません;
 食べるという行為と、閉ざされた空間と、神聖な弟と、孤児施設と…何度となく繰り返しているモチーフが全部詰まっています。
 だから、どの作品も常にどこかで読んだ話という印象を受けるのですが、それは懐かしさを含んでいて、何度読んでもあきない話の類に入るのでした。

 『薬指の標本』とか、同所収の『六角形の小部屋』とか、『密やか結晶』とか、『ホテル・アイリス』とか、閉じられた世界での後ろ向きなハッピーエンド加減がとっても好みの話でした。
 どの主人公も世間で言われるところの、”不”に向かって突き進んでいくんですよね; 

 今まで読んだ中で一番救われなかったのは『ダイブング・プール』の女の子ではないでしょうか。
 『ホテルアイリス』の少女は、他者によって幸福な時間と場所を奪われたけれど、『ダイブング・プール』の女の子は、本人から直接引導を渡されてしまいましたからね。それも、ほんのささやかな、ちょっとした”悪戯心”が、取り返しのつかないことになってしまったのが、読んでいて可哀想でしたね。彼は優しいので、そんなことで女の子を嫌いになったりしないのですが、その悪戯を知られてしまったという事実だけで、女の子を地の底に突き落とすだけの影響力を持っていることに気づいていないんですよね。もしくは、気づいていながら、あえてその悪戯をやめさせるために言ったのかな。
 これだから潔白な人間って…とか、思ってしまいました。あくまでも、悪いのは女の子なのですが、彼女が「自分は許されない(あくまで主観的に)ほど酷いことをしたのだろうか」と思うのも無理はないと思いましたね。

その他の感想をちょこっと…

 『シュガータイム』は、彼からの手紙の内容を、友人に告げたところが一番切なかったですね。
「だから場所には気をつけたの」
 あらかじめ内容の予測される手紙だったから、主人公は一番心がやすまる場所を選んで、そこで手紙を広げた……。その場所も、その理由も、彼とのことも全部知っていてくれる友人の存在に救われます。
 もっとも、主人公には最愛の弟が存在するから、たぶんこの友人がいなくても大丈夫なんでしょうけれど。

 『密やか結晶』は、左足の描写が他の消滅とは比べようもないくらい素晴らしかった。本当に消滅の恐ろしさと、唐突さと、逃れなさが伝わってきました。ここから、ラストも予感できたのですが、ひっかかったのは、主人公はどう考えても、小説を完成させることはできなかったのではないかということ。あれを完成させたのは、消滅を逃れることのできた編集者ではないのかしら? そう思えてなりません。

 『凍りついた香り』は…、自殺の理由は明らかなのかしら? 謎のままなのかしら? 答えを弘之に差し出したら申し訳ないような表情で、「正解」を教えてくれるのかしら?

 一番後まで残っているのは、香水でも、スケートでも、数学でも、記憶の泉でもなく、プラハの食堂のおばさんの「カップは洗剤なしで丁寧に洗う」です。たぶんこのおばさんの自分の仕事に対する誇りが、涼子が知りたかったことをすべて教えてくれたと思います。
 会社で他人の湯のみを洗っているときに、ふとこの言葉が浮かんできて、キコキコと磨いています。よく、OLのいたずらに「嫌いな人間の湯のみに洗剤etcを入れる」というのがありますが、それと一緒に浮かんで来るんですよね。もっとも、私は後片付け専門なので、そんな機会には恵まれ(?)ないのでした。

 残り4冊くらいですが、それまでに『博士の愛した数式』は読めるのでしょうか? 
今日も一件「用意できてます」メールが届きました。


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