| 2016年01月06日(水) |
自分が何を考えているのか考えてみた |
小川 洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」を読了。 面白かった。悪い人がほとんど出てこないのがいい。
何故友人の結婚がショックなのかをもう少し掘り下げて考えてみた(笑)。
結局のところ、羨ましいのは、「結婚」ではなく「幸せそう」ってことだった。 これで、確定。Final Answer! なんだそんなことでしたか!
結婚したいわけではなく、幸せ(&安心?&世間体が保たれる?)で いいなーっていう。
ちょっと前までほぼ同等の立場だったわけなので 隣の芝生がいきなりニョキニョキのびて(あるいは突然色が変わって、蝶が住みついて)なんか楽しそうでいーなーっていう感じ。 決して、その芝生そのものが羨ましいわけではないという。
羨ましくないって連呼してるけど 負け惜しみじゃなくて、ほんと羨ましくはない、 というか、多分私はああいう選択はできない。したくない。しない。
ってところで、ふたたび、私はわがままだなーと認識。 もはやどっちがいい悪いの問題ではないんだけどね。
私は理想も高いし自由も捨てられなくて自分の時間とペースを守りたく また、客観的事実として高齢喪女で到底売値がつかない。 幸いなことに、そこそこ高給トリだから、一生独りの覚悟さえ決めれば 今のところ生きる上で問題がない。
彼女も同じくそこそこ高給トリの喪女だったわけですが 私と違っていたのは大昔から「結婚したい」と思っていて また、そのことを素直に誰にでも表明し さらにタイミングを見計らって行動に移したということ。 そして、そこでつかんだ縁をしっかりつかんで進んだこと。
良縁の訪れは少し遅かったけど 彼女が彼女らしく真っ直ぐにあったからこその結果だし やっぱり心から祝福だわ!と腑に落ちて精神的にも安定(笑)
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