| 2006年08月28日(月) |
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン |
昨夜、「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を読み終えた。
なんか、勝手に想像してたのと、全然違ったんだよなぁ。
前半と後半で、ちょっと方向性が違うんじゃないかと思ったり。
母への愛と、 その愛を堂々と口にして何が悪い?という前向きな開き直りを主題とするならば、 もう少し短くまとめられたと思う。
筆者の自伝的な色合いと、 母への愛とがごちゃまぜになってるのが気になるって感じかなぁ。
それにしても、母はすごいね、やっぱり。 全身全霊をかけて息子を愛してすべてを与えて。 そうしたいから、そうするのだろうし、それでいいと思うけど。 怖いくらいのパワーだ。
偉大なる母の元に、孝行息子が育つかというとそうでもないのが面白い所。 母を愛しながらも、反発したり重荷に思ったりもするわけで、 常に揺れ続けてる感情は普遍的なものだろう。
一番の感想は、 「こういう環境で育つとああいう風になるのか!」 という下らないものでした。
あと、遺骨を食べるのも印象的だったなぁ。 ウチの馬鹿叔父も祖母の遺骨を食べたそうだ。 泣きながら。どうよ、それ?
母の遺骨を食べる息子、というのは、私にしてみれば想像可能範疇。 でも父の遺骨を食べる娘、ってのは、想像できない。 その辺りが「マザコン」という事象の際限のなさを示してる気がする。
遺体と添い寝までいっちゃうと、もう言葉も出ないよ、すごい。
男性は多かれ少なかれマザコンだとは思うけど、 なんちゅーか、やっぱり重度のマザコンとは付き合えない! と、まぁ女性としては思うわけです。
"The Ghost"。 サラ(幽霊)の新天地での恋に興味津々。
幽霊って書いてるけど、 今のところ彼女が主人公の前に姿を現したのは1度きりで、 その過去はすべて彼女が残した日記の中で語られる。
妻に捨てられた主人公が、 新天地で知り合った同じく夫に捨てられた女性と語り合うシーンは、 非常に共感できるセリフが多くて、 ベタだなぁと思いつつのめりこんでしまった。
たとえば、女性から、
Do you still miss her terribly?
と訊ねられて、彼はこう答える。
I think I miss what I thought we had, rather than what we did have.
そうよね、所詮は幻想なんだよなぁ。と思って読み進めると、 女性の、
All she could think about with Pierre afterword, was the happiness of the beginning and the horror of the ending, never the ordinary reality of the middle, which had been most of it, but that seemed to have been forgotten.
なんていう意見が出てきて、「その通り!」と思う。
本当に、私の元彼との同棲と破局に関してはそんな感じだ。 まぁ私の場合エンディングは、"horror"ではなく"suffering"だけど。
We remember the fantasy we create rather than the reality we lived with, whether that fantasy was beautiful or ugly.
ってのが結論ですね。 ああ。
ちなみに、今は100%吹っ切れているけれど、 ここまで来るのは本当に長い道のりだった。
それを考えると、主人公のチャーリーが、 9年連れ添った妻に捨てられて1年くらいグダグダ思い続けるのは仕方ないかも。
|