| 2004年03月21日(日) |
どうしても会いたい先生 |
高校3年の時の担任Y先生が退職する。女性だが校長をしていた。(今は女性の校長は珍しくないのかもしれない)内緒でパーティーを計画しているというのは聞いていた。兄が同じ高校で教師をしているので、「くれぐれもお兄さんに話さないように」と口止めをされていた。 最初は話を聞いていても行くつもりはなかった。だけど、急に行きたくなった。「行く!」と決めたら、先生に会いたくてたまらなくなった。担当は体育で、女性らしいところは見た記憶が無い(笑)でも、高校では一番印象に残っている先生である。結構真面目だった私も、パーマをかけたり、髪を脱色していたりした。頭髪検査というのがあっても、みんな見逃してくれた。
パーティーは密かに計画されていた。それに関わった人達は準備が大変だっただろう。高校は青森だったので、もちろん会場は青森。私にとってはちょっとした旅行だ。主人は許してくれたが、主治医に話したらすぐに賛成はしなかった。「くれぐれも、青森の救急病院に運ばれないように」と言われた。 多少無理してでも、先生に会いたかった。そしてその他の友人達にも。ほとんどが25年ぶりである。アメリカに住んでいるS君が計画し、準備はKさんが進めた。S君もKさんもすごい。埼玉に住んでいる私には思いつかない事だった。
そして、25年ぶりの再会!
「どうしても先生に会いたくて、来ちゃいました」 と言うと、 「遠くからよく来てくれたの〜↑」と先生は涙ぐんだ。 私も、涙目になった。
色んな思い出が走馬灯のように蘇る。
私は2年の時に、八戸から青森に転校した。その時、あることをしでかして、担任でもないY先生に怒鳴られて立たされた。 それが、先生と交わした最初の会話だった。 「それが忘れられない」と言ったら、 「忘れて下さい」と先生は笑っていた。
本当に、行ってよかった。 自分では体のことが心配だった。みんなの前で具合が悪くなったらどうしようという不安もあった。それでも、行った甲斐があった。懐かしい顔ぶれを見ると、18歳に戻ったような気がした。
それと、学生の時、私のアパートに2回遊びに来てくれた、K・K君。あなたは私のことを好きだったんでしょうか?私はかなり鈍感だったので、好きなら好きと言ってくれないとわかりませ〜ん。隣りに座っていたので聞きたかったけど、聞けませんでした。残念!(笑)
一週間ハードな日々だった。明日、明後日と仕事が入っている。身体はかなり辛いです。でも楽しい事があったので、仕事が嫌だとは思わない。明日もがんばります。
S君、Kさん、感謝してます。
↑寂しいのでなんか書いて下さい。
追記 一生は、高校の説明会の後、中学に行き卒業証書を受け取りました。教頭先生、学年主任、担任、相談室の先生が立ち会って下さった。これで、本当の意味で卒業しました。
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