うつ病で摂食障害などを抱える看護師。色々あるけど、生きて行くのだ!

2002年11月30日(土) 5千円で事の重大さに気付くなんて

昨日は二葉のマラソン大会で、9時に学校に行った。行きは母に車で送ってもらった。二葉はマラソンが大嫌い。去年は46位で、ビリから数えた方が早いぐらいだった。一昨日、「マラソン大会に出たくない」と言っていたので、一生に飲ませている「セント・ジョーンズ・ワート」を「ハッピーになる薬だよ」と言って飲ませたら、3分も経たないうちに、立ち直り「やっぱり出る!」と言った。

二葉が走って戻って来た時、大きな声で「あと二人抜け〜!」と叫んだ。すると二葉はラストスパートで3人抜いた。今年は34位だった。本人も満足そうで、来年の目標は、20位台になることらしい。


最近「汗臭いサイト」をよく見ているので、私も走りたくなった。帰りは1kmの道を走って帰った。ポカポカと体が温まり、とても気持ちよくなった。私は歩くのは嫌いだけど、走るのは好きなんだ。


木曜日、スローリーさんの家に遊びに行った時の私はとても心が落ち着いていたのに、今日はダメだった。

姉が来て、家の中を片付けてくれた。姉は何も言わず、子供達に指示をするだけだが、母はいろんなことが気になるらしく、「ここも気になっていた」とか「ホコリだらけだ」とか「お化け屋敷みたい」とかいろんなことを言うのが聞えて来る。
私は布団をかぶって耳をふさいだ。

私だって普通の人みたいに家事をちゃんとやりたい。テニスをやっていた時の方がそれなりにできていたように思う。みんなで片付けてくれている音が聞える。それが私には辛かった。子供達がやってくれるのはありがたい。もちろん、母や姉がやってくれるのもありがたいのだが、時々聞えてくる言葉が心に突き刺さる。
こんな言葉ぐらいに負けてはいけない。みんな私のためにやってくれているのだから。

苦しくて辛くて、「抗不安剤」を飲んだ。それでも、いつまで経っても、苦しい気持ちが薄れることはなかった。


でも、私はベッドに入ったまま、カーッターを持っていた。下にタオルを敷き、
そして・・・・いつものように・・・・。

それは午後1時頃のことだった。かなり多い出血にタオルをグルグル巻いて止血して、タウンページを見ていた。土曜日の午後診療しているところは少ない。私がバイトしている病院には今日は行けない。前回やってからまだ一週間も経っていないのだから。病院を探すのに、一時間以上かかった。何ヶ所も電話して、診てくれるかどうか聞いた。やっと探しあてて、そこに行き、
「どうしました?」と聞かれ、
「手首を切ったんです」と言うと、すぐに診てくれた。4時間も待たされる病院とは大違いだ〜。


先生に、「親指の方しびれませんか?」と聞かれた。「しびれています」と言うと、「神経を傷つけていますね」と言われ、「わかっていると思いますが、こういうことを繰り返していると大変な事になりますよ」と言われた。そして前回の傷のことも聞かれ、うつ病で通院していることを伝えると、「その病院に電話した方がいい」と言われた。「月曜日が受診日なので、その時に言います」と言うと、先生は「月曜日まではまだ時間があるでしょ?今日伝えた方がいいんですよ。これからどうするつもりでしたか?」と聞かれ、「縫っていただいたら、そのまま家に帰り、普通に生活するつもりです」と言った。「死ぬつもりはありません」と答えた。


家に戻ると、買い物に出ていた父母が帰っていた。そして、私が通院している病院から電話がかかって来た。母が出たのだが、なんとなく言われていることがわかった。私が家に帰っているかの確認のための電話だったらしい。それを母に知られないようにという配慮で、「父の下剤を持たせ忘れていませんか?」と言われたようだ。だから、母は今のところ、何も知らない。



今までこういうことを繰り返してきて、初めて気づいたことがある。
今日病院で会計をしたら、「5010円です」と言われた。初診料、診察料、薬代で、この料金。私は今まで、バイト先で縫ってもらっていたので、お金は払っていなかった。こういうことを何度もしていたんだなぁ。普通の病院に通っていたら、私は何万円も使っていたんだと感じた。お金のことで、事の重大さに気付くのは変だと思うけど、5千円かかったのは大きかった。


そして今日、初めてリストカットの怖さを感じた。今日は手首を切ってしまったため、もう少し深く切ると動脈を傷つけるところだった。動脈らしきところが見えたので、私は傷つけることをやめた。




家に帰り、気持ちが落ち着いてから、Aさんの家に電話した。
Aさんとは、9月に亡くなった患者さんである。
「○○整形外科のKです。ご無沙汰しております。お線香をあげに行きたいんですけど、いいですか?」

娘さんは、「母が喜ぶと思いますよ。是非いらして下さい」と言ってくれた。
私はこんな風に、患者や家族と触れ合っている時が一番輝いているのかもしれない。






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