*Fine Diary*
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名前という『もの』には何か心に響く力があると思いませんか?
たとえば某ファンタジーを読んで秘密の『真の名』の存在を知ったとき、あれ?どっかで聞いたことあったっけ?という感想を持ちました(いや、たぶん、聞いたことあったと思うのですが。もともとファンタジーや、陰陽好きですし)
また鋼の錬金術師のように「二つ名」とか「通り名」とかいう言葉を耳にすると、おお〜〜それもいいなぁと思ってしまうのです。 御伽噺によく悪魔の名前を当てて難を逃れるというモチーフがありますよね。それに代表されるように誰かに名前を与えられる(または名前を知られる)ということは支配権を委ねるということ・・・という考え方は昔から内外問わずあったようですね。
たとえば日本でも武将などで烏帽子親から名前を一字貰うという慣わしがありました。徳川家康の三男秀忠の烏帽子親は彼の元服時の天下人豊臣秀吉です。彼は自分の「秀」という一字をライバルの息子に与えたことによって、彼に自分の親戚筋に準じた待遇を与えたということになるのです(実際、寵姫淀殿の妹を正室に与えていますのでそっち方面でも懐柔しようとしております)秀忠からすると烏帽子親との絆を結んだということになりますのね。 ちなみに名前のうち上の一文字を貰うか、下の一文字を貰うかでその後の待遇が違うこともあります。 毛利元就なんかはその例です。 毛利家の跡取りは○元というのが通常。彼の場合は元服時は跡取りになる予定はなかったので元が上に来ているのです。
話が脱線しました(笑)
鋼の錬金術師をいま、アニマックスで最初から見てるのですが、先週末、エドが大総統から二つ名「鋼」を貰うというシーンがあったので。 そっか〜二つ名を与えられたことで、国家錬金術師として軍の支配を受ける身になったんだなぁと実感してしまって・・・
なんとなく二つ名とか通り名っていいなぁ〜とかバカみたいに思ったり(でも支配されるのは嫌)
ロイさんが「焔の」とか呼ばれたりしてるのはなんとなく素敵だなv
指輪のアラゴルンがストライダーだったり(本では『跳ね男』って書いてあった・・・><)アルウェンの『夕星姫』などはなんて綺麗な二つ名なんでしょうか。
ここまで書いてふと思い当たりました。
HNって二つ名でしょうか?ネット界限定の・・・
ぎゃ〜〜〜もっと慎重につけりゃあよかった。
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