*Fine Diary*
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2002年11月08日(金) 慣れとはおそろしきもの

最初「柊子」を連れかえったときにですね。こわがっていたのですよ。うちのダンナ(笑)
ドールはだめなひとは生理的にだめらしい・・と聞いておりましたが
「まぁいいや。(←何がいいんだか>自分)ここにおくから〜」
とリビングの一番目立つところにど〜んと柊子を坐らせた私(このへんに力関係がニョジツに表れている)


慣れって怖いもんです。


数週間たったいま、ダンナは少しずつ柊子の存在に慣れてきてしまっております。
認知しているようです(だって買っていいっていったのダンナだし)

「名前、何にきまったん?」

「柊子」

「ふ〜ん、シュウタローかぁ」

うちのダンナ・・実際の娘たちにも○○吉、とか○○のすけとかよんでたような・・・

「これさぁ、もうちょっと黒目を小そうしたほうがかわいいんちゃう?」とか言うようになったよ、コイツわ(汗)

「そう?でもグラスアイ入れ替えたら結構高くつくよ〜?」

「ほんま金食い虫やなぁ・・これにくらべたら俺の○ンダムなんてかわいいもんやん。」

としみじみ柊子を見るダンナ。




いや〜君のプラモやゲーセン代もなかなかのものだよ。というよりコレ以上色んな統一性の無いものをカウンターに飾るのはやめてくれんかね?

ま、柊子におかねかかっているのは本当です。

ちょっと控えよう・・・うん。




いま、気付いたのですが・・・キリまであと1500と迫っているではありませんか・・

あと半月くらい?

ちなみにうちは17日に満2周年を迎えますvv


さて・・・ここからはかなり限定された話題なので反転で読みたい方だけ読めるように書きますね。

慣れってこわいって書きましたが、喉もと過ぎれば熱さを忘れるといいます。自分だってそうなのかもしれないですが、おもいっきり忘れている(ようにみえる)ひとがいます。

そして そのひと本人はまるで気付いていないだろうにそのひとの行動に振りまわされ思い悩むひともいます

一旦は終息した(かのように見えている)こともひょんなことでまた表面化して波風が立つわけです。根本的な解決はしていない以上それは予測の立つことでした。

心配だから、心が優しいからそのひとの行動ひとつに心が乱れ、憤りを覚えたりがっかりするんでしょうけれども。

一線を画して少し退いた位置にいる私と真っ只中に戻っていった彼女は考え方も立場も全く違うわけですが・・・その彼女が再び一喜一憂しているのを見ると、少しでも元の状態に近づくことを望んで一線を画するまえに取った私の行動がまたもや裏目に出たんではないか・・・そういう思いがよぎります。

自分の与えた痛みも、与えられた痛みも私は忘れてはいません。

だから元に戻そうという努力はしました。
でも片方がそう思うだけではだめなんです。

だから今は一歩引いています。引く前は壮絶でしたが(おおげさではなく)今は楽になりましたよ?

日々は過ぎていくし、記憶は薄れていきます。

変わろうと努力するひとは変わるでしょうが・・・

ひとってそうそう変われるものではないのかもしれない。

人にそこまで期待するのは不遜なことなのかもしれない。




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