■ 豆文 ■
 2003年06月29日(日) 【 リーチとパスコ番外編『ちょっとまえ』 】

元ネタ(小説)→

(本編のネタバレを含みますがあまり問題無いような気がします)


   *


「えー、今日から君は僕のパシ……右腕になる訳です。でも君はまだ右腕が何たるか、それどころかむしろ世の中を全く知らない。ならばこの僕が、"雇い主"と書いて"王様"であるこの僕がそれをきちんと教えてあげなければなりませんよね?」
 利一郎と蓮央が出会った次の日、早速利一郎は蓮央を事務所へ呼び出していた。いや、呼び出したと言うよりは御丁寧に利香子宅から借りてきた自転車を使って蓮央の家まで迎えに行っている。それを出迎えた柏木親子(の母親)に、ドキリとしてしまうような笑顔を振りまく事も忘れていない(マメな"王様"である)
 それはさておき、現在2人はテーブルを挟んで向き合ってソファに座っていた。利一郎の言葉に、蓮央は素直に頷いてみせる。
「うん」
「それじゃあまず基本的な事から始めるとしましょうか。とりあえず最低限覚えなければいけない事だから、頑張って下さいね」
「うん」
 蓮央は再び頷いてみせた。徐々に楽しくなってきたらしい利一郎はどこからともなく紙とペンを出し、テーブルの上に置く。そして小さく手招きをしてみせた。蓮央はソファから降り、ててて、と歩くと利一郎の前──ソファに座る利一郎の足の間に体育座りで座った。利一郎は蓮央の右肩の横から手を伸ばし、サラサラと紙に何かを書き始めた。
「まずは、右腕たるもの『ボクにぜったいふくじゅう』」
「ぜったいふくじゅうってなに?」
「あー、『利一郎お兄様の言う事を何でも素直に聞いていれば毎週苺パフェだやったね!』って意味だよ〜。──それから主なざつよ……任務は『おつかい』。あとで煙草の銘柄教えてあげるから」
「うん」
「次に、『おかあさんはボクのもの』」
「おかあさんはおれのおかあさんだよ」
「まぁそれはおいおい決着をつけるとするから今は忘れていいかな」
「わかったわすれる」
 ──そんな調子で淡々と、利一郎は紙にペンを走らせ続ける。わざわざ平仮名で書いてあげているあたり、利香子が見ていたら『何がそこまでアンタを動かすの』とでも言っているだろう。
 その後『しょっきあらいをできるおとこはかっこいい』『ボクのじゃがりこにはてをつけない』などいくつか書き、それを4つに折る。そして蓮央の着ていたパーカーのフード部分に差し入れた。
「じゃあこれを持ち帰って、毎日見て読み返そうね。あ、"右腕"の崇高さはきっとお母さんには理解出来ないだろうから、決して見せない事」
「うん」
「さて次ですが、えーと、蓮央君、だったよね」
 今更そんな事を確認しているあたりどうかと思われるのだが、突っ込む人間はいない為利一郎は『うーん』とうなってみせた。蓮央が不思議そうに顔だけ後ろに向ける。
「う───ん……ああ、よし、じゃあパスコ君で。今日から君の通称はパスコ君だ」
「えー」
「あからさまに嫌そうな顔をしないでくれたまえよ。さっそくオヤクソクを破る気かい?」
 そう言われ、蓮央は目線を少し上に向けて考えた。しばらくして、呟く。
「……『ぜったいふくじゅう』」
「そうさ。パスコ君、君は本当はパフェが嫌いなのかい? いらないのかい?」
「いる」
「じゃあ君はパスコ君だ」
「うん、パスコだ…………えぇー……」
 まだ納得ゆかなそうに蓮央は眉をひそめていた。余程気に入らないのだろう。利一郎はさりげなく話題を逸らすように口を開いた。彼は彼でこのネーミングを大変気に入ったらしい。
「それでだねパスコ君、僕の事なのだが僕の事は『利一郎様』と呼びたまえ」
「?」
「雇われ主を呼ぶ部下は様付けで呼ぶんだ。これは世の中の常識さ」
「そうなんだ。わかった。……りいちっ……」
 沈黙が訪れる。利一郎は小さく笑いながら頬を掻いた。
「パスコ君は、舌ったらずなのだね」
「うるさいよ」
「分かったじゃあこうしよう。せめて『利一郎さん』で。はいやってみて?」
「わかった。……りいちろっ……りっ……りいっ……」
「……」
「…………ああもうめんどくさい! リーチさんでいいじゃん!!」
「はい?」
 物凄い笑顔で利一郎は首を傾げていた。
「いいでしょリーチさんで! リーチさんリーチさん!」
「あの、パスコ君それは」
「はいけってい! リーチさんはリーチさん!」

 ごす。

「ごめん、僕マージャン嫌いでつい」
 ……それが、初チョップだった。蓮央は突然の事に両手で頭を押さえ、涙目で利一郎を睨み付ける。
「なにすんだよ!!」
「パスコ君、男がそんなにすぐ諦めてはいけないよ。君は呼べる。きっと呼べる。『利一郎様』と呼べる」
「よばない! ぜったいによばない! リーチさんのバカー!!」
「バカとは心外な。むしろおバカなのはパスコ君キミだ!」
「おれバカじゃないもん! いわれたこともうおぼえたもん! 『ぜったいふくじゅう』でしょ!? 『あらいものかっこいい』でしょ!? 『いちごパフェさいこう』でしょ!? 『バナナはまずい』でしょ!?」
 利一郎が言っていない事を含めつつ、しかししっかりとお母さん云々は忘れている。しかし今の利一郎にそれ突っ込む余裕など無かった。自分の威厳が軽くピンチなのだから。
「それがおバカだって言うんですよ!?」
「なんでさ!」
「はい頑張って! 利一郎さんが見ててあげるから!」
「みてなくていいよ! リーチさんはリーチさんでしょうが!」
「っとにもーこの子ったら可愛いですねぇ!」
「どういたしまして!!」

 と、不毛な会話が更に続くと思われたその時、

「利一郎さん?」
 がちゃり、と事務所の扉が開いた。その瞬間、
「──わかったよパスコ君じゃあそう言う事で」
「へっ?」
 訳が分からず妙な声を上げてしまった蓮央の口を利一郎が瞬時に押さえた。その顔は脅しを含んだ満面の笑み。その笑みの、脅しの部分だけを器用に抜いて利一郎は来客へと顔を向けた。
「ああいらっしゃいヒロコさん!」
 相変わらず口を押さえられていた為軽くもがきながらは蓮央は訪れた人物を見た。利一郎よりは年齢の高そうな、綺麗な女性だった。女性は蓮央の姿を認め、珍しそうにしかし嫌悪感は示さずに利一郎に尋ねる。
「利一郎さん、その子は?」
「この子ですか? 甥っ子です。 とても僕に懐いていて、今日は遊びに来ていたんです」
「もがもがも!?(リーチさん!?)」
「あら、じゃあお邪魔かしら」
「とんでもない! ちょうどこの子はお昼ご飯を食べに家に帰ろうとしていた所ですよ」
「もがもがもが!!(まだじゅうじ!!)」
 と、そこでようやく利一郎の手が蓮央の口から離れた。何事なのかと目を丸くする蓮央をよそに利一郎は立ち上がり、うやうやしく女性の手を取る。
「ですからどうぞ、ごゆっくり」
 そしてその手に、口付けた。
「り」
 まだまだお子様──と言うか七歳児である蓮央にはそれがどう言う事なのかさっぱり理解出来なかった。ただの恋人であると言う選択肢すら彼の頭の中にはインプットされてはいない(そして実際ただの恋人ではない)
 利一郎の口付けがとうとう女性の首筋に移動しようと言う頃、蓮央はようやく我に帰った。
「!! リーチさん!」
 ぴた、と利一郎の動きが止まる。女性は蓮央に目を向け、そして不思議そうに首を傾げた。
「リーチさん?」
「ああ、この子が舌っ足らずなあまり僕に付けたアダ名ですよ。いやもうホントに参──」
「素敵な呼び名ね」
「そうですよね!」
「こらぁぁっ!!」
 蓮央は思わず叫んでいた。この初めて感じる妙な感情は。『りふじん』と言う単語がとても似合いそうな感情は一体何なのだろうか。蓮央はとにかく叫んだ。
「なんなのリーチさんわけわかんないよリーチさんあんたなに!? なんなの!?」
 しかし当の利一郎はけろりとしたもので、さりげなく女性の髪を撫でる振りをしながらその両耳を塞ぎ、さらりと返す。
「こんな事で癇癪起こしてたらキリがないよ?」
「にちじょうさはんじなんですか!?」
「ええ。だってこれが僕の生きるための術《スベ》で」
「おれよくわかんないけどさぁ! でもなんかヒトとしてまちがってるきがするんだけど!!」
「まさか! パスコ君がただ単にお子様すぎるだけで、理解しきれていないだけさ」
「うそだ!!」
 ぎゃあぎゃあと蓮央は叫ぶ。利一郎は冷静に返す。女性は不思議そうにそれを眺めている。
 結局その後女性は帰ってしまい、蓮央は利一郎にしつこくブーブー言われてしまう事になるのだが、それでも次の日再び蓮央が事務所を訪れてしまうその理由は、

「あ、パフェは明日ね」

 利一郎の、この一言のせいである。

 それは後数年間、変わらない。

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 本編前の話です。最初は『にねんまえ』にしてたんですが、色々あって時間軸とタイトル変更。

 私がリーチとパスコを書いていて感じてもらいたかった事の1つが『こんな友情関係に置かれてみたい』なんですが、どうなんだろう。個人的には好きなんですけどねー。20歳差の友情。

 やっぱりこの2人の会話は書いていて楽しいなーと思います。



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