いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2007年01月04日(木) 23年間知らずにいた声援@大田区新春の集い

 今日は、御用初め。我々区議会議員の最初の公式行事は「新春の集い」である。これは、区長と区議会議長が区内で区政に協力して頂いている官公庁、各種団体、町会自治会などの役員をご招待するものだ。今日も会場となった、大田区産業プラザの展示ホールは超満員。はたして必要な行事なのか、どうか、開庁時間中の昼間にやるべきなのかどうか、等、例年参加しビールを飲みながら考えている。

 しかし、議員にとっては実に都合がいい。この日だけで、区内主要団体、地元町会幹部に新年の挨拶をいっぺんにすることが出来るからだ。特に、4年に一回の選挙のある今年は「招待状なし」の、区議候補予定者が随分と紛れ込んで、キョロキョロと知った顔を捜す姿が目についた。(平成10年までは私もそうだった)

 各テーブルをまわっていると、見知らぬ(失礼!)女性から「いぬぶしさん〜」と声をかけられた。覚えてないでしょ、と聞かれ、流石に「その節は、どうも」などと言えず、ハイすみませんと答えた。彼女の話は以下のようだった。

あなたが、多摩川沿いのマンションに住んでいた昭和の終わりの頃、迷い犬の「ワンコ」を拾って、育てていたでしょ。あの時、河川敷で一緒に遊んだ柴犬の飼い主ですよ。あの時以来、優しい人だな、と区議に出てからもずっと応援してましたよ。

 さらには、ご主人共々、記念写真を撮ろう、とまで言われた。遠い記憶を手繰り寄せると、確かに、3歳ぐらいの息子と河川敷を散歩したワンコと遊んでいた柴犬と、その飼い主の映像が甦る。ああ、あの時の‥

 では、A工務店のAさんは、覚えていますか?と、当時の犬散歩仲間の名前を聞くと「人間の名ではなくて、犬の名は?」と。いや〜忘れちまったな。
河川敷でワンコの散歩をしていた当時、確かに飼い主の名は知らないけれど、飼い犬の名を知っている「知人」が結構いた。面白いコミュニテイである。

 ワンコを拾ったのは確か昭和58年頃。23年も前の出来事である。その後、平成7年の初出馬以来、区議としても応援して下さったとのこと。ありがたい再会に感謝、感謝!やっぱり新春の集いは必要だわ!


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