掛川奮闘記

2007年08月02日(木) 070802_危機管理と撤退戦の常道

 梅雨は明けたものの、台風の影響ですっきりしない曇り空。台風が抜ければ本格的な夏でしょうね。


 参議院選挙の総括を各新聞が行い、週刊誌も大衆の興味を引くようなネタ満載の様子。電車の中吊りは今でも選挙一色です。

 大惨敗を受けて、与党としてはこうなると撤退戦も同様です。世間の避難や罵倒、嘲笑に耐えて、まずは安全なところへ逃げるのが第一。
 徳川家康は一生に一度だけ大敗をしましたが、それは武田信玄との三方原の合戦。このときばかりは逃げに逃げて、途中で恐怖のあまりウ●コをもらしたという逸話が伝わっているくらいの大敗でした。 
 しかし家康が偉いのは、逃げ帰ったその情けない姿を絵師に描かせて反省の象徴としたことです。人生負けることはある。その負けから何を学び、何を得るかが問題なのです。

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 撤退戦で大変なのは一番しんがりで、追ってくる敵の攻撃をかわしながら本体を逃がすという役回り。つまり自分は悪役として犠牲になる覚悟で、大事なところは守る役目ということで、今回で言うと、中川幹事長と青木参議院議員会長あたりがしんがりということになったわけでしょう。

 それにしても、一度は収まったかに見えた赤城農水大臣をこのタイミングで辞職させるのではまた混乱を呼び起こしそう。
 危機管理の常套手段で言えば、危機発生はその初期に一気に戦力を投入してぐうの音も出ないほどにつぶしてしまい、批判的勢力に「何もそこまでやらなくても…」と言わせるくらいに対応するのが正しいあり方。
 中曽根総理の時代に

 「これくらいで収まるかな…」「ありゃ、まずいな、それじゃこれで収めよう…」といったやり方を「戦力の逐次投入」と言いますが、戦争では完全に負け戦のパターン。やはりこれはまずかったですね。

 「政策論争にさせてもらえなかった」という恨み節も聞かれますが、政策を比較できる前提には少なくとも一定の「信頼」という資産が形成されていることが条件のはず。

 今回はその信頼を得るところで年金問題、政治と金の問題、赤城農水大臣問題などにつまづいてしまい、その先の勝負にさせてもらえなかったということでしょう。
 
 信頼を得るには時間がかかるけれど、失うのは一瞬でできるもの。いや、恐ろしいものですね。

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 当面は与党内部から安倍さんとその周辺への批判が沸き起こることでしょうが、ここでは野党よりももっときつく批判されておくことが大事。
 野党よりも批判が弱ければ、身内をかばう意識としてそれがまた世間からの批判の材料になるからです。

 それにしてもトップとは孤独なもの。一敗地にまみれたときは家康の心境を思い出して捲土重来と行きたいものです。

 
 さて、明日からは北海道へ帰省することにしています。暑い東京を離れて、鋭気を養うことにいたしますよ。
 


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こままさ