掛川奮闘記

2006年09月19日(火) 060919_感情と冷静の間

 今日は私の誕生日。一つ年を取って分別が付くのであればよいのですが。

【感情と冷静】
 誕生日という事で、知っている何人の方からはお祝いのメッセージをいただきました。人の誕生日など良くもまあ覚えていてくださるもので、感謝に堪えません。

 なかにはお祝いに添えて、このブログを楽しみにしていると言いながら、「ほとばしるような情熱的な文章も、久しぶりに読みたいなあ」という激励とも叱咤ともいえるような一文をプレゼントしてくれた方もいました。

 そう言えば最近は【情熱がほとばしるような文章】が書けてはいなかったと、改めて気付きました。

 仕事上の立場柄、感情は表に出さないという態度を身につけるように心がけているのですが、それがまた文章にも表れていないのかもしれません。

 もっとも、以前はそんなに何かがほとばしるような文章を書いていたのでしょうか?読み返してみようかな。

    *   *   *   * 

 朝起きて、テレビのニュース系情報番組についてどれを見るかというのは結構重要な選択なのですが、わが家では家族はフジテレビ系列の「目覚ましテレビ」を見ていて、私個人としてはみ○もんたの「朝○バ!」を見ています。

 みの○んたの司会のやり方は、「客や聴衆を惹きつけるプレゼンテーションとは何か」という問いに対する模範解答だと思っています。彼のちょっとした仕草や選ぶ言葉、その強さやタイミング、笑顔と怒りの出し入れなどには、見ている側の気持ちを手玉にとるような高度なテクニックが隠されています。

 おそらく多くの聴衆はそう言う事には気付かないまま、「みのも○たって面白いよね」で終わってしまっていることと思います。しかし彼の聴衆が今何を感じようとしているかをほんの一瞬先に見ぬいて、そちらの方向に話題をもっていって、聴衆を納得させ安心させるこのスキルは、他の司会者の追随を許さないと言って良いでしょう。

 何事にも上手になりたければ良い師匠の質の高い技を見てそれを盗むのが一番なのですが、プレゼンテーションが上手になりたい人はみのもんた氏の番組を徹底的に見る事をお勧めします。

 さてそんな彼ですが、彼の手法では良くないと私が思っているのがニュース番組というジャンルです。

 彼はニュース情報を伝えるときにも、自分自身の怒りなどの感情をあらわにして聴衆の怒りを増幅し、それがまた人気の秘密のように見えます。

 しかし私たちは、情報を判断するときには、多くの背景やその場の事情などを知った上で冷静に判断するようにと教えられ、心がけているべきなのです。

 重ねて言いますが、一片の情報に一喜一憂し、感情を高ぶらせる事ほど判断を誤らせるものはありません。だから私たちはニュースのような速報性の高い断片情報に感情を高ぶらせたり、過敏に反応することのないように子供をしつけたり、自らそう振る舞うようにすべきなのです。

 そういう意味ではニュースを感情をこめて伝えるというのはある種の禁じ手なのであって、敢えてそれを行って人気を博したのが小泉首相でありまたみのもん○氏なのだということも言えるでしょう。

 努めて冷静に話す話し手はえてしてつまらなく映るものです。それよりは大仰に感情をこめて、聴衆の怒りや悲しみ、ときには喜びを増幅させるというのは、ショウやバラエティの手法ではあっても、ニュースに適した手法ではない、というのが私の考えです。

 そのような番組の例を挙げるとすれば、「た○しのTVタックル」などが政治ネタを扱いながら、その手の感情の高ぶりやときには言い争いをバラエティ
として面白おかしく仕立てていたと言えるでしょう。

 しかし「TV…」がバラエティである事を自覚しているように見えるのとは対照的に、「○ズバ!」の方はそこへの自覚があるようには見えません。

 ここではみの氏を始め、特定の誰かを避難する事が目的ではありません。我々は冷静な議論の先にこそ冷静な判断と行動が求められるということを言いたくて引き合いに出しただけのことです。

 感情を抑制するということは大人の振る舞いです。私たちはそうなるように自らも律する姿勢を貫きたいものです。またそういう視点でテレビ番組を見ていただくと、自分自身の感情がどう動かされているかが分かるようになります。 

 自分を客観的に眺められると良いのですが、なかなかそれも難しいものです。一つ年を取って少しは冷静になれるかな。
 


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こままさ