| 2003年12月24日(水) |
031224_クリスマスイブは和ロウソクで |
【ハローワーク】 ハローワークの方が年末の御挨拶ということで訪れてくれた。
聞けば、有効求人倍率は10月のデータで、全国が0.70,静岡県が0.92なのに対して管内が1.07という高い数字を示しているという。有効求人倍率で1.07とは立派なものだが、しかしその中身は、というとパートタイムでの求人が多く、正規雇用はなかなか回復が遅れているようである。
細かく見ると高卒学生の就職率が悪いとのこと。 「やはり高卒のレベルでは、企業側の技能、知識、能力に対するニーズに答えきれないのでしょうかね」 「そういう面もありますが、掛川工業高校の卒業生はほぼ就職できていますからね」
「へえ、そうですか」 「問題なのは高卒女子に多いのですが、本人の希望と会社側の求人が会わないときに、自分の希望を変えて会社に合わせるという姿勢が少ないことなんですよ。自分の希望を変えるくらいなら就労しないで就職浪人してしまうんです」
聞けば、親もそれを簡単に容認してしまうのだという。
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「雇用を活性化する良い施策はありませんか?」 「トライアル雇用という制度で、求職者と会社のいわばお見合いみたいな事をしています。これは一人当たり月に5万円を会社に対して補助をして、三ヶ月雇用してもらうという制度です。三ヶ月経った後に、さらに雇用を継続するも良し。またどちらかから継続しないという意志を示しても良いのです。解雇するのに事前の手続きも要りません。そういう前提の制度なんですが、これが結構受けています」
「そのまま雇用してもらえる割合はどれくらいですか?」 「7割から8割くらいではないでしょうか。結構高いですよ」
聞けば、最近はパートなどの仕事をしながら、さらによりよい仕事を求めて求職活動をする人も多いという。
29歳以下の若年者の失業問題は、将来の結婚や出産などに対する影響を考えても深刻だ。しかしそのためには職に就くに足る能力やコミュニケーション力を要請すると言うことも重要だ。
やっぱり最後は教育問題であり、学習をするということなんだな。親として子供に与えられる最大の遺産は金や財産なのではなく、「勉強をすることの重要さをひたすら教えること」に尽きるのではないかなあ。
【牧ノ原畑地総合整備土地改良事業】 島田市で開催された牧ノ原畑地総合整備土地改良事業の理事会に市長代理で出席する。
これは遠州西部の大井川右岸地区の台地を大井川の水で潤し、有料農業を育てようというものである。事業目的としては、「畑灌用水など農業用水の確保や農道などにより、生産性の高い農業経営を確立して茶業を主体とする畑地農業の振興を図り、地域の発展に寄与する」とされている。
事業の歴史をひもとくと、古くは昭和40年に1市8町による畑地潅漑事業実施の陳情がなされたのが始まりである。その当時はまだ掛川は加盟していなかったんですな。当時の課題としてはとにかく牧ノ原台地に農業用水を確保するということが一番の命題だったのです。
その後昭和40年代には県に牧ノ原畑地潅漑調査事務所が開かれ、国営事業の直轄調査が始まり、やがて昭和46年には掛川市が加わり、畑地潅漑事業区域が2市7町に変更となり、さらに長島ダムの事業計画も発表されたのもこの頃のこと。
昭和63年には揚水機場が完成し、平成元年にこの牧ノ原台地に待望の水が通る通水式が行われたのでありました。
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その後も事業は着実に継続し、平成14年には長島ダムの運用が開始されるなどして今日に至っている この事業は平成19年度までに一端終了して、要望の残事業は新規事業として実施されるものとされている。
かつて水が無くて苦労した土地が、水があることで素晴らしい茶農業が成立するようになった。
人々の営々とした努力の継続こそが地域を変えて行くのだ。
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会合の後は懇親会。回りはみんな年上のお父さんばかりなので、クリスマスもあまり関係ないということだが、まあそんなところでしょう。
私の場合は市長代理と言うことであまり顔見知りの方もいないのだが、一人だけ蕎麦打ち仲間の県の職員の方がいて、この方を頼りにして少しずつ参加している方を紹介してもらう。
へへへー、「蕎麦打ちは世渡り術」なのだ(^-^)b。
【クリスマス・イブらしい雰囲気】 宴会終了後は、街なかへ向かう。以前書いた「掛川ひかりのオブジェ展」の実行委員の方から、「光のオブジェ展の打ち上げ的なミニパーティをしますが、来ませんか」というお誘いを受けていたので顔を出すことにしたもの。
夜八時過ぎに顔を出すと、こちらは街なかの空き店舗を利用したスペースで数人がたむろしている。
こちらはローソクを灯している辺りがまだクリスマスらしい雰囲気だが、肝心のローソクが「和ロウソク」なので、和洋折衷、いや和魂洋才かな?。
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実行委員のお一人から、こんな話を聞きました。
月曜日に、この場所にその方の友人が立ち寄ってくれたとのこと。実はその友人という方は、昨年までこの近くの市で行われている「冬の××フェスタ」という、ある明かりイベントの実行委員で活躍していた方なのだそうだが、こんな会話があったそう。
「よ!今年はどおだい」 「うん。作品の数は去年並で増えないけど、光の廻廊を新しくしたよ。本当は大きなエンタシスのひかりの柱を作りたかったんだけどいろいろやっているうちに柱が短くなってあんどんみたいな箱になってしまったんだ。そっちの真似みたいだなあ、とも思ったけど、良い所は使わせてもらおう思って。でもあんどんだと、『暗い暗い』という声も強くて…」
「何所でも批判はあるさ。だけんな、おまえなあ、負けるなよ。続けろよ。うちは、昨年までのものが『田舎くさい』とかいろいろな批判を受けて、市役所が東京のイベント会社にまかせてしまうようになっちゃったんだ。それで昨年の実行委員はがっかりしてほとんどがやめてしまったよ。役所は『今年も市民主体のイベントで』と言うけれど、そういうのってどうなのかな、と思うよ」 「え〜、去年は中学生も参加してたのにねえ…」
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ふうむ、それぞれの自治体ではいろんな事情があるんだろうとは思いますがね。
「助役さんね、イベントを仕掛ける人達が『まず、街に自分の居場所がある』と思ってもらえることが大事だと思うのですが、どうですか」 「では、街なかの今日的な意味ってなんだと思いますか?」と私。
「光のオブジェ展を今ここでこうしてやっていますけど、掛川市内で私たちがこのイベントをやりたい、やることに意味がある、と思うのはやっぱりこの街なかなんですよ。ここ以外にないと思うんです。それが今でも『街なか』というところの意味なのじゃないでしょうか」
心の求心力の働くところ。掛川の気持ちの中心か。街なかではあるが、必ずしも中心商店街でもないということか。
日用品の買い物ならば郊外のショッピングセンターで売っているかもしれないけれど、心の中身まではショッピングセンターには売っていないに違いない。
今日はそんなことを考えたクリスマス・イブ。
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