掛川奮闘記

2003年12月16日(火) 031216_合併協議会と結婚記念日

【今年最後の合併協議会】
 午後に大東町のシオーネという町民ホールで合併協議会に出席する。いろいろあった合併協議会だが、今年はこれが最後である。

 今日の最大の目玉はなんといっても新市の名称である。前回の協議会で、「次回には新市の名称について決めましょう」という提案が既に出されているので、会長挨拶の後に早速この議題に入る。

 新市の名称については、候補を選定するに当たって、この協議会から私を含めて9名を選んで新市名称候補選定小委員会を作りこの夏から議論を重ねてきたのである。

 一応私が小委員会の委員長として議事を進め、これまでに名称候補の公募と一次選定、二次選定を行い、名称候補を次の五点に絞り込んだ。

 それは「遠州市」、「かけがわ市」、「掛川市」、「三城市」、「新掛川市」という五つの候補である。そして今日は、これらの中からどの名称にするか、と言う点を議論するのである。

 会長である市長から「では大東町と大須賀町の方からご発言を」と最初の発言を促す。掛川の委員からはなかなか発言しづらい内容なのである。

 大須賀町と大東町の市民代表委員から「『掛川市』が良いと思う」という発言をいただく。知名度やどこにあるかのイメージがわかりやすいことなどが理由である。 

    ※    ※    ※    ※

 そういう流れになるのかなあ、と思っていたところ、大須賀町と大東町の議員から相次いで手が上がり、「遠州市」、「三城市」が良いとの意見が出される。「三城市」を推す意見では、「新しい市になるのだから、新しい名前でスタートするのがよいと思う。ブランドとしての市の名前は、新しい市民の努力でゼロから積み重ねて行けばよいのではないか」という見解が出された。ううむ、議論が拡散して行く…。

 再び大東町の市民委員や議員委員から「掛川が良いと思います」という意見が出たが、また「遠州市」という声が上がる。ま、まとまらん…(--;)。

 そろそろ、ということで市長から、雰囲気としての「掛川市でよいのではないか」という風を読み取って、「それでは新市の名称は掛川市と言うことでよろしいでしょうか」と決を取ろうとしたところ、議員委員の一人から、「異議あり、まだ多くの委員が発言をしないままでありますから、今少し発言のない委員からの意見を聞いて頂きたい」という発言。やや険悪なのか…?(--;)。

 このあたりで議長のはずの市長から「議論を誘導するつもりはありませんが、伊豆半島の合併で『伊豆市という名前の市が出来る』ということが報道されていますが、これには『そこが伊豆を代表して良いのか』という意見があります。遠州という地名を代表するというのはどうでしょうか」って、十分に誘導気味発言…(^-^;;;)。

 たまりかねてついに私からも「やはり市のブランドを利用しないという手はないと思います。これまで培ってきた掛川茶の名前や、新幹線駅名、東名インター名、掛川城など、全国に知られたこの名前を活かすべきだと思いますので、私としては掛川を推したいと考えます」と言っちまったーっ!

 その発言を受けるかのように、他の市民委員や両町の助役さからも「掛川がよいのではないか」という発言が出された。おおよそこれで大勢として「掛川市」という流れは出来たように思いますね。

 おもむろに市長から「それでは新市の名称は掛川ということでよろしいでしょうか?」という発言があって、委員からは「異議なし」という声が上がりました。

 新市の名称はいままでの掛川市と同じく、「掛川市」とすることに決しました。

    ※    ※    ※    ※

 休憩中に、両町の委員から声を掛けられて、「またやられちゃった。全部掛川に持って行かれちゃって、二つの町の仲が良くなっちゃうよ(^-^;)」と半分冗談を言われる。

 著名な地名同士の合併では、名称で合併話が壊れることもあるくらいですが、我々の場合は何とか収まりました。良かった、と思います。この名前をブランドとして、新市民にとって誇りの持てる名前になるよう共に育てて行きましょう。

 あとはほとんど問題なく議事進行。議論の大きな山は越えたような気がします。次回に決める事項もあまり大物はありません。

 いろいろありましたが、それぞれの委員の皆さんには大変お世話になりました。悪役ばかり演じましたが、来年もよろしくお願いします。
 
 
【スローライフ忘年会】
 夜はスローライフ実行委員会の忘年会に参加する。場所は川沿いの料亭のTである。

 ここの若いおかみさんは美人で、ちょっと舌足らずな話し方をするのも人気なのだ。

 今回イベントを成功させた実行委員会メンバーからは三名ほどが欠席したが、主要メンバーは大体顔をそろえて下さった。暮れの忙しいときにありがたいことです。

 中身は大いに盛り上がり、苦労話から馬鹿話、面白い話まで幅広く語り尽くしました。

会合の中で私のこの奮闘記からのスローライフに関する議会答弁要旨を印刷してくれた方がいました。参考にして下さい。

 収支状況の中間報告もありましたが、基本的には収入は189万円でした。たった200万円弱で一ヶ月間に渡るイベントが出来るのだから、東京でこういう話をすると驚かれるわけですよ、ほっほっほー(^-^;)。

    ※    ※    ※    ※

 二次会、三次会と流れて行くうちにいつしか酒を飲むことよりも語ることに主眼が置かれていきました。

 まちづくりとはなんなのか。誰からも命令されたわけではないのに、自分たちでお金を払い、労力を提供して辿り着いたイベントでしたねえ。

 さて、こういう活動を継続して下さる組織が強化されるでしょうか。一部にはNPO化も囁かれていますが、どうかなあ。

 NPO化には設立準備委員会を作って議論しようということも決まりました。来年もやりましょうよ、ね?  



【19回目の結婚記念日】
 スローライフの忘年会でげらげら笑っているときに、ふと今日が19回目の結婚記念日であることに気が付いた。

 ひえー、今日はあと一時間しかない。慌てて家に電話をして嫁さんと会話をする。

 たいした話も出来ませんでしたが、札幌にいたときは子供を家に置いて夫婦だけで映画を観に行って食事をすることが多かったですねえ。電話だけはちょっと寂しいかも。

    ※    ※    ※    ※

 家に帰ってからメールを開いたら、「来年は外国旅行でもしたいですねえ」などという内容でした。うーむ、せいぜい掛川ではないでしょうか…(^-^;)、ははは…。


 < 過去  INDEX  未来 >


こままさ