| 2003年11月25日(火) |
否を受けいれてこそ賛が増えるんだろうに |
昨日、弟が『マネーの●』見ていたので何気なく見ていると・・・ 絶対政治世界っうか人の上に立って欲しくないタイプが其処に(ーー;)
万が一奇跡で当選しても、あの優柔不断さと甘い考えでは絶対に派閥戦争な世界 勝てるわけないし信用なんて市民がせんわ。 今の政治家でも、見ていて腹が立つのは数々いれど・・・この方みたいに甘い考え で権力を動かせるなんては思ってないしそれなりの努力はしてるだろう(多分)
何でもそうだけど、賛否両論貰うのって本当は良い事なのに。 何故か賛は喜び、否は無視するか文句を言うっうのはどうかと思うんですがね。 理不尽すぎる否ならともかく、本当に嫌なら言いもしないんだから言われる段階 でそれは自分へ対しての欠点の指摘であり、ありがたいもののはず。
人間は(自分含)勝手だから、少数派の賛を大きく否を少なく思いたいんだろうが 実際は賛と否なら否の方が冷静に見ている事が多いらしいですね。 元々、時と人は流れるから賛美され一時の名声を得ても維持するのは至難の業。 忘れるのが人間だし、過去の栄光を覚えている人なんか本当に数名いれば奇跡に 等しくまたそれも昔話でしかないんですから。
そら誉められ賛美を受けるのは気分的に良いでしょうが、それに浸りすぎ己の思想 と力を過信すると嫌われる可能性高いと思うぞ。 時折、街頭とかで『神は唯一無二の者であり●●神そのものなのです』とか言って いるのを聞くと『んじゃ、神とは誰がその名を決め誰が言い出した』なんて捻くれ た質問したくなるわ。 正しいと思うものがあるのは勝手だが、人に無理やり押し付けようとする姿勢と考 えは迷惑以外の何者でも無い。
文句言われたと腹立てる前に、自分が冷静に第三者の視点で考えてみる事も自分の 為になる方法の一つだと私は考えてます。
ま、そりゃ確かに言われたりすると落ち込むのは確かだけど・・・ 実は言われた所自分でも気になっていた箇所だったりしますからね^^; 春先に亡くなった友人Nなんざ、しっちゃかめっちゃか言ってくれるヤッだったの で腹も立ったが、やっぱ自分で気にして改めたりして助かった事は多い。
まだまだ心が広くないので未熟だが・・・ 人の意見を聞けて、自分なりの視点と考えを持てる様になりたいと思う。 (多分死ぬまで無理だろがな(遠い目))
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