雑  感  徒  然 
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孫びんとほうけん
2002年04月11日(木)
ある意味萌えに近い話なので……。
いつかなにかでやろうとしていた話なのですが、そして余裕があったら5月に本だしたかったんですが……。
今日はちょこっと『孫びん』の話。
私たちが通常『孫子、孫子』……って言っているのは、おそらくほとんどの人にとって『呉の孫子』……孫武と言われている人と、その人の著した、といわれている孫子のことだと思うんですよ。
孫びん(びんって漢字、はいってないんだよなぁ……(泣))……あー、「びん」の関係上『孫松』にしておこう。一応本名と言われてるのがこれだし。で、まぁ孫松。
孫松は『呉孫子』に対して『斉孫子』と言われています。孫武は春秋の「呉」につかえていたからで、孫松の方は戦国は「斉」につかえていたからです。孫武の100年後の子孫……といわれています。
細かいことはまぁこっちにおいておいて、萌え燃えの話……です。裏雑記ですし(笑)
孫松には『ほうけん(ぅっ……まるまる漢字がありゃしねぇ……)』っー同門の兄弟弟子がいるんですね。史記とかを読むと、まぁ一目瞭然でライバルなわけですが……。
孫松の業績のすべてが、このほうけん相手の戦争関係に費やされてしまいます。ほうけんがなくなったあと、なぜか孫松の活躍の記録はとぎれてしまう。『どうしてだろう?』……というのをどこかで読んだことがあります。
このことが、結局活動の期間のあまりにもの短さが、のちのちの孫松の評価にストッパーをかけてしまった部分もあるんでしょうが……。
ま、評価の事はどうでもいいんです。この話では。
孫松の知略のすべては結局ほうけんを倒すことのみに費やされた。そうとしか言いようないでしょう……。
孫びん先生は、ほうけんを憎んでいる。それはもうなにか読めばどこのだれだって、同人嬢でなくったって思うわけでして……。
孫びん先生のその才能にしっとしたほうけん。陥れて、あらぬ罪着せて、『あしきりの刑(漢字がーもー(泣))』にしちゃう……。どういう刑かといえば、諸説こもごも三種類くらい聞いたことがあるんですが、まぁとにかく二度と己の二の足では歩けなくされてしまった、ということですよ。ハイハイ。よって、孫松はほうけんを憎んでいる。
ほうけんがつかえているのは『魏』ですから、当然孫松が刑を受けたのも魏。彼はその魏を逃げ出して、魏と敵対している斉(この時期の斉は燃えるよー?諸子百家の中心地ーvvv)につかえるわけだけれども、ほら、どう考えたってほうけんを倒すためじゃない……(笑)………………ただし、私の一番言いたい話はそれじゃないの。
ほうけん。中国的体質ってヤツも、まぁ殺すより生き恥さらさせる方が屈辱のやり方なんでしょうが、弟弟子の才能にしっとして、無実の罪をきせて、歩けなくしちゃって、……なんで才能をおそれている相手を殺さなかったんだろう……なぁ……。
……と、ついつい阿々島は考えてしまうのでありました(笑)
っていうか、歩けなくするって……何事なんだろう……。

ごめん。だから私死なない程度になぶり殺しにしながら(以下略)

阿々島萌えポイントとしては高すぎます……フフフ。
だから、話はやっぱり描きたいんですね、孫びんとほうけん。横光漫画あたりで見ると、実に淡々とした話になっちゃっているだろうと思いますが(まだ横光史記は読んでないなぁ……)
そうですね。おすすめポイントとしては、陳舜臣『小説十八史略』とか、伴野朗『ほうけん、この木の元に死せん』……とかですかね。それ以上しらないけど(笑)
ほうけんのやり方も、ほうけん倒しちゃった後の孫びん先生も、やっぱりこの二人のポイントは高いです。萌え的に。誰か、一緒に萌えましょう(泣)
そういえば、呉孫子って、馬戦のやりかたってのはのっていないんですよね。まだ乗馬の文化が中原に普及してなかった……というか、乗馬は野蛮な文化だったわけです。中原の人にとっては。戦車戦、なんですよね。この時代はまだ。

おまけ:去年の今頃の話



阿々島将