Spilt Pieces
2003年04月09日(水)  痛
分からない。


戦争を報道するテレビ番組を、祖父と一緒に見ていた。
夕方くらいの日本テレビだったと思う。
今日記者が爆撃で死亡したというニュースが流れたが、その際の映像が放映されていた。
叫ぶ女の声が耳につく。
血まみれで倒れている人。
見つけた人々が、次から次へと救援を求めて人を呼ぶ。


戦争が、今現在起こっているのだ。
血に染められた取材用カメラが映っている。
その現場を目の当たりにした人間の表情。
それでも、何を見ても、私には分からない。
誰だっけ、命は平等だと言った人は。


捕虜になって救い出された女兵士。
美しい容姿のこともあり、彼女のことはアメリカの各メディアが取り上げているという。
ハリウッドで映画になるのではないか、ともテレビでは言っていた。
何でも商売にするのだな。
それが悪いとは言わない、誰だって生きていかねばならないのだから。
綺麗事ばかりじゃ、生きていけない。
そんな世の中なのだから。


だけど思う。
一人の人間のために、一人の傷ついた人のために、一人の亡くなった人のために、一人の恐怖を体験した人のために、一人の家族を失った人のために、泣けるくせに、数になってしまえば忘れてしまう。
「今日兵士が○人死亡」「市街地へ誤爆」
そういう見出しを読んで、数になってしまった一人一人のために誰が泣くというのか。
全ての痛みを自分の中に入れたなら、きっと心は壊れてしまう。
だから、数としてとらえるのだろう。


同じ「ミス」でも、誤爆は一行、医療ミスは一面に。
分かっているはずのこと。
分からなければならないのだろう。
誤爆によって殺された人々、一人ずつについて書くことなどできやしない。
だけど、銃を持つ人には、できればそういう一人ずつの顔を思い浮かべてほしい。
そしてメディアには、「死亡」と書かないでほしい。
「被害者」と書いてほしいんだ。
好きで死んだわけじゃない。


分かっているはずのこと。
だけど分からない。
分かりたくない。


テレビ報道を見た後、近所の家へ釣ってきたフナを見せてもらいに行った。
庭に水をためて、どう飼おうか相談していた。
くいくいと動く姿がかわいい。
でも、この後どうなってしまうのだろう。
そう考えていたら、周りの人たちは口々に冗談めいてそのフナの調理法について話し始めた。
おばちゃんが、「すいすい泳いでいるのに、頭の上でそんな相談していたらかわいそうよ」と言った。
そのうち、人間の言葉など分かっていないであろうフナに対しても気を遣ったのか、いつの間にかその話は終わり、餌は何がいいだろうという話に変わっていた。
冷たい雨の中、フナは今までいたはずの水路ではないことに気づかないのか、心地よさそうに泳ぐ。


命だけは、平等?
誰か、本気で私にそのことを信じさせてくれ。
何が本当なのか、時折分からなくなる。
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