2003年01月12日(日)  奉仕とエゴ。
たまには気前のいいところも見せておこうと思い、後輩3人を引き連れて居酒屋に行った。
 
「今日は全部僕が払うからなんでも食べていいよ」
「マジっすか!」
「今夜は僕の経済力を満天下に見せつけてやれ」
「オッス!」
 
たかが居酒屋で4人分の会計を全て請け負うくらいたいした苦労じゃないと思ったけど
レジでうちのアパートの家賃分くらい請求されたときは 逃げたい、もしくは死にたいと思った。
結局僕の財政は想像以上の打撃を受けることになり、僕の経済力の恥を満天下に見せつけることになった。
 
それはともかく、僕は昔からそういうところがあって、
例えば今日のことだって、僕がお金のことなんか気にせずにメニューを片っ端から選んでいって気兼ねなく食べて吐くまで飲んでみたいけれど、
お金のことを気にせずにメニューを片っ端から食べさせてくれる人なんて そういないので、
結局僕が、僕の「願望を満たしてくれる人」になり、今日の場合、後輩が「願望が満たされる僕」になり
僕は少し悲しいけれど、少し満足した気分になるのである。
 
奉仕の精神と、エゴが複雑に絡まり合っているのである。
 
例えば、僕がわがままを言いいたくなったとする。
だけどわがままをいちいち丁寧に聞いて、そのニードを充分に満たしてくれる人なんて そういないので、
結局僕が、僕の「わがままを満たしてくれる人」になり、彼女が「わがままが満たされる僕」になるのである。
 
実際、わがままを言っているのは彼女なんだけど、
それでも僕は少し悲しいけれど、少し満足した気分になる。
 
じゃんけんゲーム。
司会者と、参加者。多数の参加者は同時に司会者とじゃんけんをして負けたら座る。勝ったら次の勝負。
勝ち残ったら1万円。忘年会などの類でよく見られるゲーム。
 
1万円が欲しくてたまらない。僕は勝ち続ける。そして勝者は2人だけになる。
 
「さぁ残り2人になりました! この勝負で勝った方に1万円差し上げます!」
 
司会者が威勢良く叫ぶ。僕の相手は腕まくりをして1万円獲得に運と力を注ぐ。
この時点で僕はもう1万円なんて欲しくはない。願わくば負けてしまって相手が喜ぶ姿を見たい。
 
どうしてそう思うのか僕にもよくわからないけれど
とにかく僕の思考はそういう風になっているのです。

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