2001年06月17日(日)  3割5分2厘。
自分自身で精一杯なのに、他人に対して愛情を注ぐことができるのだろうか。

「全然ケンカをしないことが素晴らしいことだと思わないで。
ケンカをしないということは、あなたが私に本当の愛情を注いでいないからよ。
相手の全てを許すということは、相手の全ての行動を妥協しているということよ」
                  
昔、といってもそんなに昔でもないが、ある人に言われた言葉だ。
愛情と妥協は相反するものなのだ。
愛情に妥協なんて存在しない。真の愛情を求めるならば、
我武者羅にその愛を追求しなければならない。

らしい。

らしいです。人ごとのように聞き流す。真実を恐れている。
別にそれが真の真実とは思わないが、どうやら真実に近いような気もする。
だから逃げる。尻尾を巻いてスタコラサッサと逃げる。

人を愛するという事は兎角難しい。
1人の人間の自己愛が占める平均的な割合はどの程度なのだろうか。

私は6割型自分がスキデス。あとの4割は他人にソソゲマス。
こんなものだろうか。
私は9割型自分がスキデス。あとの1割は他人にソソゲマス。
まぁ。なんてことを。他人に注ぐ愛情がたった1割だなんて!!
と声を荒げている人。そういう人が案外その通りだったりするのだ。
わからないよ。ホントに。

現実は真実と往々にして矛盾するのだ。

ほら、フロイトも言ってるじゃないか。
人間の生物学的特徴と外的な社会の力の葛藤から個人の行動を説明する立場に立つ。
人間の行動は自分の中で行われる葛藤の結果なのだ。と。

いやん。よくわかんない。

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