麻綴り
DiaryINDEX|past|will


2003年06月04日(水) やっと退院。

ご無沙汰しております。

出産以来、本当にいろんなことがありました。
とてもWeb日記を書ける状態ではなく、こんなに間があいてしまいました。

とりあえず、現在までの出来事をかいつまんで記しておきます。

  ***

5月6日――男児を出産。

 断続的に始まった陣痛が、この日の未明頃から規則的に。「妊娠中毒症から回復したという診断を受ける前に陣痛が来たら(助産院ではなく)病院で出産すること」という約束になっていたため、ギリギリまで様子をみるが、午前10時には観念して病院に電話。午前11時前に病院着。
 この段階で、すでに陣痛は3〜5分間隔。驚いたことに、知らないうちに破水していた。子宮口は6�儚�大。
 陣痛室で「まだそんなに痛くないなぁ」と余裕で陣痛を逃していたら、突然「赤ちゃんの状態が思ったよりよくないので、すぐに分娩室に移ってください」と言われる。
 それからはあれよあれよという間にいろいろなことが起こって……。
 胎児の心音が下がったために、まだ全開していない子宮口を医師が手で広げ、ろくにいきみもしないうちに「吸引分娩します!」ということになり、すぐに会陰切開。お腹を押されたところで、吸引される寸前に、いきみながら「出ておいで!」と呼ぶと、子どもは自力でするっと生まれてきた。午後0時52分。病院に到着して、2時間しかたっていなかった。

 さて、生まれた息子は2080gしかなかったため、顔も見ないうちに連れ去られ、即保育器入り。すぐに授乳したいとの願いもかなわず。仕方なく、その晩から3時間おきの授乳に通い、滲むほどしか出ない母乳をしぼって、哺乳びんで保育器ごしに授乳。

7日(生後1日)――息子に肛門の異常があることを知らされる。「低位鎖肛」との診断。即日で隣市の小児医療センターに転院することに。救急車で搬送されていく我が子を見送って、一人取り残される。
 病院の保育器から救急隊の保育器に移されるときに、初めて、ほんの一瞬だけ抱っこさせてもらった。小さくて軽かった。

 「低位鎖肛」というのは、あるべきところに肛門の穴があいていないという病気。息子の場合は、違うところに小さな穴があいていて、便は出ていた。
 「低位」というのは、「鎖肛」のうちでも比較的軽いもので、直腸や肛門の括約筋などは形成されており、手術で肛門の穴をあけてやればいい、というものだ。

8日(生後2日)――午前中、息子が手術を受ける。夫と実家の母が付き添ってくれた。息子の退院まで、1カ月半ほどかかるという。私は、この日の夕方、産後2日目にして早々に退院。

9日(生後3日)――この日から、毎日、息子を見舞う生活が始まった。

 ICUに入っている間は面会時間の制限もあり、家族の都合のつく時間に車で送ってもらうしかなかったので、往復1時間かけて行っても、ほんのわずかしか病室に滞在できず、ストレスのたまる日々。
 保育器の中の息子は、全身に点滴やら、モニターやら、電極やら、あれこれをつけられ、それを取らないように手足は縛り付けられ、見るも痛々しい姿だった。点滴のせいか、顔はむくんで目が開かない。

 助産院で、おっぱいの開通マッサージを受け、搾乳を始める。3時間おきに搾るのが基本だが、夜中など寝過ごして間があくと、猛烈に張って痛いこと、痛いこと。おかげで全身がこってしまうほど。搾った母乳は冷凍して、毎日、病院に届ける。 

12日(生後6日)――ICUから一般病棟に移る。

13日(生後7日)――ようやくむくみがひいてきて、目が開くようになった。

15日(生後9日)――保育器から解放され、ずっと裸だったのが、初めて服を着せてもらう。
 これでやっと、人並みに抱っこしてやることができる。ほ乳瓶で母乳を飲ませる。
 そして、生後初めての沐浴。娘が赤ちゃんだったとき以来のことで、手順などすっかり忘れていたが、看護婦さんに教わりながら私が入れた。嬉しかった。

16日(生後10日)――この日から、朝は夫に病院へ送っていってもらい、昼過ぎにおじいちゃんに迎えに来てもらう、という生活パターンが定着。
 朝は、8時から9時頃に病室へ。帰りは、2時から4時、ときによっては5時頃、病室を出る。
 息子は、その日によって、起きていることもあれば、一日中ほとんど寝ていることもあった。よく寝ているときは、私も椅子に腰掛けたまま、一緒に昼寝をしたり、寝顔をまじまじと眺めたり。
 毎日わずかしか面会できなかったころに較べれば、一緒にいられる時間が長くなった分だけ、精神的にはゆとりができた。
 ただ、ずっと寝ていたのに、帰る時間になって泣かれたりすると、ちょっと辛い。

 病室にいる間は搾乳できないので、胸がパンパンに張る。授乳時間は、3時間おきに定められているので、その間、息子が口をパクパクさせておっぱいを欲しがっても、授乳できない。これはけっこう辛い……。
 母乳育児の成功の秘訣として、生後すぐに、母親の乳首をくわえさせること、というのがある。最初に与えられるのが人工の乳首だと、それが“インプリンティング(刷り込み)”されてしまい、あとで本物の乳首を吸わせても、それを嫌ったり、うまく吸えなかったりすることがあるという。
 それを知っていたのに、ずっと直接授乳できていない、という事実が心に重くのしかかっていた。
 病院から帰宅後は、ひたすら搾乳にいそしむ。かなり時間もかかり、指は腱鞘炎気味に。搾っていないときは、食事をしているか、寝ているか。本当にいっぱいいっぱいの生活だった。

22日(生後16日)――この日突然、直接母乳を飲ませる許可が出る。研修生のKさんが、私の希望を話してくださったらしい。
 ドキドキしながら、乳首を口にあてがってやると、なんと、しっかりと吸い付いてくれた! 強い力で吸いながら、ゴクゴク飲んでいる。途中で向きを変えようとしても、なかなか離れないくらい、強い力で吸っている。涙が出るほど嬉しかった。

26日(生後20日)――手術後10日目から始まっていた“ブジー”という処置を、私がする訓練が始まる。手術した肛門が狭窄しないように、肛門に金属の棒を差し込む。これを毎日、自宅でできるようにならないと、退院できない。

29日(生後23日)――この日のブジーが終わったとき、突然、「明日、退院してもいいでしょう」とお許しが出る。1カ月半かかると言われていたのに、まだ1カ月たっていない。飛び上がりたいほど嬉しい。搾乳のしすぎで、右手はもう限界がきていたし……。

30日(生後24日)――退院。この日の体重は2535g。よく飲んで、頑張って大きくなった……。

  ***

 ……という次第です。
 現在、6月4日の夕方。片手で息子を抱っこして、授乳しながら、片手でこの文を書いています。

 やっと、家族一緒の生活ができるようになって、本当に嬉しいです。息子が欲しがるときに、すぐ抱き上げて授乳できるという、そんな当たり前のことが幸せです。引き離されていた時間が長かった分だけ、今、息子がかわいくてたまりません。

 娘も弟をとてもかわいがっています。あやしたり、だっこしたり、おむつ替えを手伝ったり……。
 入院中は、病院の規則で、子どもは病棟の中に入れなかったため、寂しい思いもしたと思います。それでも娘は、弟の退院を心待ちにしていてくれました。
 今はさすがに、弟にライバル意識を感じることもあるようですが、それでも、学校から帰ると、まず弟のところに飛んできます。

  ***

 昨日(3日)、初めて息子を連れて、助産院にマッサージに行ってきました。S先生も、スタッフの皆さんも、とても喜んでくださいました。

 家族に囲まれて自宅出産をと願っていたのに、思いもかけないような形の出産となり、その後も試練が続きました。
 私がなぜ自宅出産を望んだかというと、子どもとも家族とも離れたくなかったから。家族に新しい一員が加わるとき、“医療”の介在なしに、ごく自然な形で、家庭の中に迎え入れたかったから。
 家族が見守る中で出産し、子どもをすぐに胸に抱いて授乳し、この世界に出てきたばかりで不安を感じるであろう我が子に、静かで穏やかな時間を用意してやりたい……。片時も離れずに、そばにいてやりたい……。そんなふうに考えていたのです。

 それがなぜか、まったく正反対の出産になってしまい、その後も、引き離される時間が長く続きました。
 なぜそうなったのか……私の不摂生のせいなのか、それとも違う理由があったのか……それはわからないけれど。
 今言えることは、私が避けようとしていた“医療”のおかげで、息子が無事に生まれてくることができ、そして現在、無事に生きているのだということ。

 まずは、無事に生まれてきてくれた息子に感謝。
 そして、出産から手術、退院に至るまでにお世話になった、すべての医療関係者の皆さんに感謝します。
 さんざん心配をおかけした助産院のS先生と、スタッフの皆さんにも。
 そして、このしんどい時期に支えてくれた家族にも。

 そして、妊娠中から出産後にかけて、励ましやお祝いのメッセージをくださった皆さんにも感謝します。お礼のメールも出せず、ご報告もこんなに遅くなってすみませんでした。

  ***

 というわけで、現在、遅ればせながら、息子と密着した楽しい日々を送っています。夜中の授乳も、搾乳していたときのことを思えば、苦になりません。昼間、一緒に昼寝もできるし……。
 産後は無我夢中のうちに日が過ぎてしまい、自分の身体をいたわる余裕もありませんでしたが、これでようやくゆっくりできます。

  ***

 今後は、以前ほどマメに日記は書けないと思いますが、時々は近況を報告していきたいと思います。

 この長文を読んでくださった方、ありがとうございました。


麻 |MAIL |HomePage

My追加