文字姫
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すずが死んだ日。→→→2002年12月29日(日)
数年前、我が家にはハムスターがいた。

小6くらいの頃だったか、ハムスターブームで、友達もみんな飼い始め、欲しくて欲しくて親にねだって買ってもらったものだった。

ミルキーという名前だった。

小さくて可愛くて、家族みんなで可愛がった。

ゲージの外に出して遊んだりもしたし、掌に乗せて可愛い可愛いと騒いだ。
エサも、色んなものをあげたような気がする。

そんなミルキーが死んだのは、飼ってから1年くらい経った夏だった。

祖父母の家にミルキーも連れて遊びに行った帰り、父親の知り合いの家に寄った。
車内に、ミルキーを残して。

炎天下だった。

ミルキーのことを、忘れていた。

数時間後車に戻った時、ミルキーは暑さでぐったりしていた。
家族みんなで心配しながら、後悔しながら、家に戻った。

車の中でそこそこ元気になったので、私は、大丈夫だろうと甘く考えていた。
いや、深く考えないようにしていた。

家に着き、ゲージに入れると、ミルキーはふらふらしながら小さな小屋の中へ入っていった。

私はまた、考えないで、気を紛らわすために弟とゲームなんかをして遊んでいたような覚えがある。

すると、母親が部屋に入ってきて、「ミルキーが動かないんだけど」と、いった。

今でも忘れない。

小さな小屋の中で、眠るようにして死んでいた小さなミルキーを見て、泣いた。

可愛がっていたのに。
大切にしていたのに。

こんな不注意で、死なせてしまった。

……その夜は、弟と一緒に、ミルキーの小屋を枕もとに置いて寝た。

もう回し車の音は聞こえないんだねといいながら、まだ小さかった弟は泣いていて、私は両親に弱いところというか、泣いているところをあまり見られたくなかったから、ほとんど泣かなかったかもしれない。

後で母親に、あんたは冷たいからと、散々いわれたような気がする。

もう2度とハムスターは飼わないとみんなで思ってたし、ミルキーが可愛かったから、それ以上に可愛がってあげられないのは、みんなわかってたんだと思う。

それから数年。

中3のいつ頃か、季節がなんだったかもよく覚えていない。

我が家に、また、ハムスターが来た。

習い事の、英語だったか、その辺りから帰って来ると、ハムスターのゲージが出されていた。

なんだと思って母親を見ると、「ミルキーが懐かしかったから」みたいなことを言い出した。

絶対、新しいハムスターを買ってきたんだと思った。

小屋の中を覗いてみると、小さな、可愛いハムスターがいた。
やっぱり、と思って、だけどもう飼うつもりはなかったから、複雑な気分だった。
けど多分、本当は嬉しかったんだと思う。

父親がたまたまペット売り場を見ていて、「買ってくれ」と訴えられたんだという。

父らしくないことだった。
もう吹っ切って可愛がろうと、決めた。

名前は絶対2文字がいいと私が騒いで、ミカとかマキとか、人間みたいな名前を挙げると、母親に却下された。

それでもどうしても2文字がよくて、弟と2人で考えていると、たまたま見た弟の雑誌に、「金・銀・銅・すず」みたいなことが書いてあった。

これだ、と思い、そして名前は、すずになった。

ミルキーはすごく見た目も可愛くて賢かったのに対して、すずは可愛かったけどミルキーほどでもなく、賢くはなかった。

そのバカっぽさが可愛かったからよかったけれど、やっぱり2匹目のハムスターを、1匹目以上に可愛がるのは無理だったみたいだ。

あまりゲージからも出してあげなかった。
記憶にもほとんど残ってないくらいしか、遊んであげなかった。

飼ってから半年くらい経った頃には、もう世話は全部母任せだったし、私も弟も、たまにゲージを覗いて声を掛ける程度だった。

そんな感じで、1年くらいが過ぎた、今日。

すずが死んだ。

クラスの友達と遊んできて、9時頃に上機嫌で帰宅した私を迎えた弟に、玄関を開けてすぐ、「姉ちゃん、すず死んだ」と、いわれた。

それまでが上機嫌だったから多分、余計に、ショックだった。

普段ふざけたことばかりいっている弟でも、そんな冗談はいわないとわかっていた。

だから、考えないようにと逃げることも、できなかった。

ゲージを覗いてみると、やっぱりすずはいなかった。
「呼んでも出てこないよ」と、弟がいう。

小屋の中にいることはわかっていたけど、小屋を開ける勇気がなかった。

すごく怖かった。
見れなかった。

母親にいわれた。

今朝見つけて、昨日の夜死んだかもしれないし、今朝死んだのかもしれないし、いつ死んだのかわからない。

誰にも気付いてもらえないで、誰にも可愛がってもらえないで、死んだ時だけ少ししんみりするのよ、あんたたち。

すずは可哀想だね。

それを今、反省してたんだよ。

……私は、そんなこといわないでよ、と思いながら、もう1度ゲージを覗いて、そのまま黙って自分の部屋に行った。

部屋に入って、椅子に座って机の上の鏡をぼーっと見ていると、涙が出てきた。

鏡に写った、泣いている自分を見て、泣いてもマスカラは案外取れないもんなんだなぁなんて、どうしようもないこともどこか考えながら、散々泣いた。

すずが死んだら自分は泣くだろうか、泣けるんだろうかと、考えたことがあった。

すごくばかなことを考えたと、この時泣きながら思った。

この後1階へ下りて両親に顔を見せるんだと思うと、泣いたことを知られたくなくて、ティッシュで何度も拭ったけど、無駄だった。
ゴミ箱はティッシュでいっぱいになった。

可哀想だねすず。
可哀想。

誰にも可愛がられないで、誰にも気付いてもらえないで。

あんな小さなゲージが、すずにとって全ての世界なんだって、いつだったか、なんとなく思ったことも、あったのに。

私は外に出してあげなかった。

エサも、私は少しも気を使ってあげなかったね。
犬が、まろんが来てから、まろんはみんなすごく可愛がってたのに、すずには、触りもしなかった。

最後に手の上に乗せたのは、覚えてもいない。
ひどすぎるね。

ミルキーみたいに、ゲージの外に出して遊んであげなかったし、広いところで走り回れなかったよね。

ごめんね。
全然気にとめてあげなかった。
全然遊んであげなかった。
全然可愛がってあげなかった。

ごめんね。
ごめんね。

すずごめん。

口に出して、1階から聞こえてくる笑い声に、掻き消されるくらいの声で何度も謝った。

すずは可哀想だね。

可哀想だね。

死体を見てあげることもできないよ。
本当に、怖いんだよ。

――しばらくしてから、1階の父親に呼ばれた。

晩御飯がまだだったからだ。

どの道、1階には行かなきゃいけないし、行かなかったとしても、どうせ誰か部屋には入ってくる。

目薬をさしてから、窓を開けて、目を冷やした。

すごく寒かった。
札幌は最近、すごく寒い。

こんな寒い時に、こんな雪の中に埋められるのは、私は嫌だと、思った。

また泣きそうになった。

あまりにも寒くて、すぐに窓は閉めた。

1階に下りて、晩御飯を食べていると、隣に母親が来た。

強がってボロが出るのが嫌だったから、素直に、「すず死んでショックだった」といった。

母親は、「ショックだったって?何いってるのよ」と、あまりちゃんと受け取ってくれなかった。
当然だと思う。

それでも、作り笑いする余裕も、強がる余裕も気持ち的に全くなくて、ぼーっとしながら御飯を食べていると、母は頭を撫でてくれた。

「何、やめてよ」と、少し作って笑ったけど、母はそれでも撫でてくれた。

泣きそうになった。

食べ終えて、すずのゲージのところにまた行った。
まだ泣きそうだった。

死体を見ないといけない。

見ておかないと後悔するのはわかってたし、どこか義務のような気もしていた。

すずの入っている、小さな小屋だけを持って、また自分の部屋に行った。

机の上に置いてあった鏡をよけて、すずの小屋を置いた。

開ける勇気はまだなかった。

ごめん、ごめんすず、と、何度も謝った。

そして、しばらくして、小屋のふたを開けた。

……中に入っていたすずは、口が少し開いていて、目を閉じて、死んでいた。

少し前に父親と、すずもだいぶ毛並みが悪くなってきたね、もう年だね、と話していたことを思い出した。

ゆっくり触れてみると、すずは冷たかった。

ミルキーの時に触ったのと同じ冷たさだった。

久しぶりに掌に乗せて、動かないすずに話し掛けた。

ごめん。

別に毛並み、悪くないよね。

可愛いよすず。
可愛い。

可愛がってあげれなくてごめん。

ごめん。

ごめんね。
ごめんね。

ごめんねすず。

もう、何をいったかもあまり覚えていない。
ここに残そう、覚えておこうと思ったけれど、この状況でさえそんなことを考えている自分が、なんだか嫌だった。

その夜はまた、ミルキーの時と同じように、弟とすずを枕もとに置いて寝た。

もう回し車の音は聞こえないんだねといいながら、私よりも身長が大きくなった弟は、泣いていなかったみたいだけど、少ししんみりとしていた。

父は、いつもより高いテンションで犬と遊んでいたような気がしたし、母は弟を、慰めていた。

やっぱり、みんなショックを受けてるんだろうと、思った。

もう、ハムスターは飼わないよと、母がいうので、今更そんなこといわなくていいよと、私も返した。

もう2度とハムスターは飼わない。

2度も、可哀想なことをしてしまった。

小さくても、ペットでもなんでも、命を預かってるという自覚が、多分、あまりにもなさすぎた。

生きて動いているものを飼っているんなら、可愛がってあげるのが当たり前だった。

私はそれをわかっていなかった。

その結果がこれだ。

責任ということばを、痛感した。

ペットや、子供でもなんでも、無責任に命を預からないでほしい。

可愛がれないなら育てる資格もない。
もちろん私にいえることだし、他人にもいえることだと思ってる。

死ぬということは、こういうことだったはずだ。

冷たくなって動かなくなるだけじゃない。
そこから存在が消えるんだ。
少しもきれいなことじゃない。

ほんの少し前に現国で、「本当の幸福とは」という決まった題名で作文を書いた。

私は、金が大事な人もいれば、友達や家族や恋人が大事な人もいるんだから、金や物で欲求が満たされることもその人が思うなら幸せだし、大切な人の存在に感謝して幸せを感じることだって幸せだし、何が間違ってるとか、金が幸せじゃないとか、いうことはできないというようなことを、書いた。

だけどすずのことで後悔した。

大事にしないといけないのは、金なんかじゃないし、友情や愛情やそんな甘いものの前に、命なんだと、やっと気付いた。

生きてないと何もない。

当たり前のことだった。

冷めた自分が好きで、熱くなるのが嫌でそんなことを書いたけれど、恥ずかしいことを書いてしまった。

すず。

ハムスターはあまり賢くないからとか、そんなの理由にならないし、淋しかったよね。

外にも出たかったよね。

あのゲージじゃ狭すぎたよね。

性別も、思い出そうとしても曖昧だったんだよ。

確か、女の子だったよね?

ミルキーがそうだから、そうだったと、思う。

弟は、すずの分もまろんを可愛がってあげようとか、いってたけど、なんか違うよね?

まろんばっか可愛がってて、嫌だったよね?

可愛がってあげれなかったね。

もっと遊んであげればよかった。
世話も、もう少しすればよかった。
可愛がってあげればよかった。

そしたら、もう少し生きた?

ごめん。
ごめん。

ごめんね。

ごめんねすず。

――どうか、どうか安らかに、眠ってください。














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